こんにちは、Dr.アシュアです。
今回は、JAMAから1型糖尿病関連の論文をご紹介したいと思います。
欧米諸国では1型糖尿病の子どもが増えているため、それをどう防ぐかの研究が盛んです。
ご紹介する論文は、1型糖尿病に遺伝的になりやすい乳児を、人工乳で育てるか、加水分解乳(タンパク質が分解されているミルク)で育てるかどちらか良いか、というテーマで研究した論文です。
まずは、今回の主役に登場してもらいましょう。
JAMA. 2018 Jan 2;319(1):38-48. PMID: 29297078
Effect of Hydrolyzed Infant Formula vs Conventional Formula on Risk of Type 1 Diabetes: The TRIGR Randomized Clinical Trial.
Writing Group for the TRIGR Study Group
TRIGRという大きな二重ランダム化比較試験です。かなり多数の乳児の検討ですが、やはりミルクの論文はなかなか研究デザインが難しいよね・・・という印象でした。
見ていきましょう。
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目次
論文を読む前に!前提の確認!
今回の論文は、1型糖尿病を起こしやすい乳児、というのがターゲットの集団です。ここを間違えてはいけません。結果を一般の集団には簡単に当てはめられない所が大事です。
今回対象となっている患者さん、”1型糖尿病を起こしやすい乳児”の定義を確認しておきます。
今回の論文の対象のお子さんは?
HLAが疾患感受性である乳児
かつ
一等親血縁者(親、兄弟、姉妹)の中に、1型糖尿病の人がいる乳児
HLAとは、ヒト白血球抗原(Human Leukocyte Antigen)の略語です。もともと”白血球の血液型”という意味で発見されたものですが、最近ではほぼ全ての細胞に出ている、免疫をつかさどる抗原の一つです。
HLAの主な役割は自分と他人を識別することで、臓器移植などの際によく聞く単語です。親子で臓器提供をする場合に、HLAが一致しているかどうかを検査したりしますね。HLAが一致していれば、移植された臓器と自分の体は適合し拒絶反応が起こりません。
HLAのタイプは、血液型と違って組み合わせが非常に多くあります。
HLAのタイプによって、ある病気にかかりやすかったり、逆にある病気にはかかりにくい、というようなことが部分的にわかっています。
1型糖尿病の場合、あるHLAは1型糖尿病にかかりやすい(これを疾患感受性があるといいます)、あるHLAは1型糖尿病にかかりにくいと言うことが分かっています。
今回は、HLAが1型糖尿病にかかりやすいことが判明している乳児がターゲットとして選ばれています。
また、”一等親血縁者”という聞きなれない言葉が出てきますが、これは遺伝学的に自分と1/2の遺伝子を共有している関係のことをいいます。
つまり親、子、兄弟、姉妹ですね。対象者の乳児はもちろん自分の子はいないので、親か兄弟・姉妹が一等親血縁者と言うことになります。
日本の法的な親族関係を測る単位「第1親等」とは異なるので要注意です。
遺伝的に1型糖尿病にかかりやすく、かつ家族内でかなり近親者に実際に1型糖尿病の人がいる、という乳児が対象になっているということですね。
背景-Background
欧米では1型糖尿病のお子さんが増えていることは前述したとおりです。
1型糖尿病の発症率は、北米・ヨーロッパの小児では急速に増加している。
Pediatr Diabetes.2005; 6(3):119-121.
Lancet.2009;373(9680):2027-2033.
そしてこんなことも言われています。
β細胞自己免疫が出生の早期に出現することが示されている。
Diabetes. 1999;48 (3):460-468.
J Clin Endo crinol Metab.2001;86(10):4782-4788.
こういった研究事実から、著者らはこう考えました『1型糖尿病の一次予防は早期乳児期に開始されなければいけない』と。
では”何に対して介入すべきか”ということが問題となりますが、ここで一つこんな議論があります。
遺伝的に1型糖尿病の感受性を持つ児において、乳幼児期初期の複雑な蛋白質への暴露が、1型糖尿病発症のリスクを上げるとする文献もあれば、リスクを上げないとする文献もある。
<リスクを上げるとする論文>
JAMA. 2003;290(13):1721-1728. JAMA. 2003;290(13):1713-1720. Diabetes Care.1991;14(5):415-417.
<リスクを上げないとする論文>
Diabetologia.2006;49(7):1512-1521. Am J Clin Nutr. 2010;91(5)(suppl):1506S-1513S.
乳幼児期早期に子どもに与えられるタンパク質、、、やはりミルク・母乳だろう。そうなると人工乳が怪しいのでは?という話になり、こんなパイロット研究が行われました。
フィンランドの230人の子供を対象に行われた研究で、乳児において加水分解乳を与えると、疾患関連自己抗体が7.5歳までに減少した。
N Engl J Med.2010;363(20):1900-1908.
加水分解乳とは、普通のミルクに含まれる蛋白質を分解して細かくしたミルクです。つまりミルクに含まれるたんぱく質をより単純な形のタンパク質に変えたミルクです。
与えるミルクのタンパク質を細かくしたものにすれば、1型糖尿病が発症しにくくなるのでは?という結論のパイロット研究があり、それをもって著者らは、より大規模な人数で同じテーマの検証を計画したという事になります。
目的-Objecitve
目的はズバリこれです。
これが目的
1型糖尿病になりやすい背景がある乳児において、加水分解乳を投与すると、1型糖尿病の発症率を下げられるかどうかを検討すること
研究デザイン,セッティング-Study Design and Setting
対象:疾患感受性を有するHLAをもち、一等親血縁者(親、兄弟、姉妹)に1型糖尿病患者がいる乳児 2159人
セッティング: 15か国の78か所の研究センター
2002年5月~2007年1月でエントリー ⇒ 2017年2月28日までフォロー
デザイン:二重盲検ランダム化比較試験
1081人が介入群(加水分解カゼイン乳群)、1078人は対照群(従来式ミルク群)
かなりマニアックな対象者の定義ですが、15か国で2159人という恐るべき人数をそろえた研究です。このマニアックな対象者で、この人数というのは本当に驚きです。国際的に手を広げて行った賜物と言えるでしょう。
デザインはもちろんRCTです。各群が1000人規模でとんでもなく大きいです。
介入-Intervention
どんな介入を行ったのか、ここは論文でも重要視されるところですよね。
介入群は研究用に用意されたカゼイン加水分解乳を使用した。
介入群は研究用に用意された20%のカゼイン加水分解物が混ぜてあるミルクを使用した。
研究に用いたミルクの介入は最低でも60日であった(6〜8ヶ月齢までで介入は終了)。
母親の裁量で母乳育児が行われ、母の食事への介入は行われていない。
親は最低60日研究用に用意されたミルクを飲むように指導され、介入期間中に牛タンパク質を含む市販のベビーフードを子どもに与えないように言われていた。
研究用に用意されたカゼイン加水分解乳は、日本で言うとどのレベルのミルクだったのでしょうか。
論文中には、カゼイン加水分解乳に含まれているペプチドで分子量が2000を超えるものは0.3%未満だった、という記載のみでした。
ここから推測するしかありませんが、最低限で考えてペプチドの分子量が2000未満のミルクと読み替えると、日本で言うならミルクアレルギーに使用する高度な加水分解乳(ニューMA-1、エピトレス、ペプディエット)と言ったレベル(分子量1000以下)か、それより少し甘い加水分解乳ニューMA-mi(分子量2000以下)に相当するもののようです。
ただ、ミルクの介入が最低60日というのは何とも言えないなぁ、という印象です。実際の所と言えば、研究用ミルクの平均投与期間(SD)は、介入群では10.2週(9.3)、対照群では11.7週(9.7)であり、両群ともにせいぜい70日前後という所でした。
人工乳を使用する子ども達は、長い子では1-2年は使っていくわけですし、もっと長期間の投与にはできなかったのか・・・と考える所ですが。そこはそこ、国際的な研究で人数もとんでもなく大きいので、ミルクを用意するのもかなりお金がかかるところでしょう。研究費という絡みもあったのかなぁと妄想するところです。
主要評価項目-Main Outcome
もちろん1型糖尿病の発症がメインの評価項目です。が、その定義は世界保健機関(WHO)の基準に従っていました。
ここは特にコメントはありません。
二次評価項目には、1型糖尿病と診断された時の年齢と、安全性(有害事象)が含まれていました。
結果-Results
結果を順に示していきましょう。
無作為化された2159人の新生児(1021人が女児(47.3%))のうち、1744人(80.8%)が試験を完了した。
観察期間は中央値11.5年(10.2-12.8)であった。
各群の1000人規模が全部解析に回ったわけではありません。研究用ミルク(介入群も対照群も用意されていました)を既定の期間飲んだお子さんが、最終的に解析に回っています。それが2159人中の80.8%=1744人でした。
10年以上観察した研究ということで凄いですよね。。。これは脱帽です。
そしてメインの結果は以下になります。
1型糖尿病の絶対リスクは、介入群で8.4%(n = 91)に対して、対照群で7.6%(n = 82)(差 0.8%[95%CI; -1.6~3.2%])
1型糖尿病のハザード比 1.1(95%CI; 0.8〜1.5、P =0.46)(HLAリスク群、母乳育児期間、研究用ミルク消費量、性別、地域を調整)
1型糖尿病診断時の年齢の中央値は有意差なし(6.0歳 [Q1-Q3,3.1-8.9] vs 5.8歳 [Q1-Q3,2.6-9.1])(差 0.2歳 [95%CI; - 0.9〜1.2])
つまり、高度に加水分解されたミルクを投与しても、1型糖尿病の発症リスクは下げられなかったという結論でした。
結論-Conclusions
論文の結論を示します。
1型糖尿病リスクがある乳児を、従来の調整乳と加水分解乳に分け11.5年間かけて比較したが、累積発生率は低下しなかった。
現状では1型糖尿病のリスクのある乳児の推奨食を改訂する必要性はない。
うーん、、残念。現状ではこれを使用したら1型糖尿病のリスクが下げられるというもの、は見つかっていないという事になりますね。
研究の限界点としては、2つが書かれていました。
研究の限界点1 対象者が限定的であること
これは当たり前のことですが、冒頭でも書いた通り重要です。
この研究の結果は、参加者が1型糖尿病の家族歴および1型糖尿病のリスクがあるHLA型をもつお子さんに限定されていたため、一般集団には直接適応されません。
研究の限界点2 さらに言えばHLA型も限定的
さらに研究に含まれる患者さんを決める定義で、HLA型も〇と△と◇と・・・という風に具体的に定義されていました(詳細を書くと煩雑になりすぎるため全部省略していますが…)。ですから、それに該当しないHLA型の患者さんにも、今回の結果は適応されません。
それで結局何がわかったか
今回、ちょっとマニアックでしたが、こんなことが分かりました。
何が分かったか
親、兄弟、兄弟に1型糖尿病の患者さんがいて、HLA型が1型糖尿病のリスクになる乳児において、
人工乳を用いて子育てをする場合、加水分解乳でも普通のミルクでも1型糖尿病のリスクはあまり変化ない。
ただ、人工乳の暴露の期間については、最低60日ではなくて年単位で評価してみないと本当の事実はわからないのかもしれませんね。
今回は以上となります。