こんにちは、Dr.アシュアです。僕の外来は、低身長のお子さんが良く紹介されてくる外来なのですが、今回は外来の患者さんから聞いた話で、とても驚き、ちょっとどうなんだ??とモヤモヤしてしまったことがあり、それを書き記しておくことにしました。
論文を読んだり、自分で色々と考えて、一つの結論をだしたので、皆さんに共有したいと思います。
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目次
低身長の治療薬として『糖尿病の薬』を処方している医師がいる???
ある日の外来、低身長で紹介されてきた患者さんの診療をしていて、おわりがけにこんな要望を頂きました。
糖尿病の薬で身長が伸びる???あまり聞いたことのないお話だったので、お母さんにまずその薬剤を確かめてもらって後日薬剤の名前をお電話で教えてもらいたいことをお伝えしました。
そして後日…お電話が来ました。
そのお薬の名前は『メトホルミン』でした。
これは、2型糖尿病の治療薬として古くからあるお薬です。僕のブログでも最近このメトホルミンについて触れた記事を書いたりもしています。
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…でも、これって糖尿病の薬ですよね??低身長の治療薬じゃないよな・・・?
と答えることは簡単です。
ですが、もしかして自分が知らないだけで実はちゃんとした論文があるのかも・・・。
想像で答えるんじゃなくて、ちゃんと「裏」をとらないと!そう思って、論文検索をしてみることにしてみました。
糖尿病薬”メトホルミン”で、身長が伸びる可能性があるとする論文はあった!
で、後日Pubmedという医学文献のデータベースで検索してみたのですが、ありました。
糖尿病薬メトホルミンで、身長が伸びる可能性がある、ということに触れた論文がっ!
・・・自分の不勉強でした、、、ごめんなさい。
と謝る前に、まずはこの論文、精読してみないと。
本当に根拠が確からしいか自分の目で見てみないと。
と思い、読んでみることにしました。
JAMA Pediatr. 2015 Nov;169(11):1032-9. PMID: 26414449
Evaluating the Effects of Metformin Use on Height in Children and Adolescents: A Meta-analysis of Randomized Clinical Trials.
Kuzik N, et al.
JAMA Pediatricsの論文で、一流雑誌の論文でした。簡単に論文の内容をまとめます。
論文の要約
背景-Background
メトホルミン塩酸塩の使用は、小児および青年において増加している。これまでのメタアナリシスでは、BMIの変化に対するメトホルミンの効果に大きな変動があることが報告されていたが、身長の変化に関しては考慮されていなかった。
目的-Objective
小児に対するメトホルミンの使用が、身長にどのような影響を及ぼすかをレビュー&メタアナリシスすること
結果-Results
10件のランダム化比較試験が含まれ、合計562人の参加者がいた。330人(58.7%)が女性だった。
研究の平均年齢は7.9歳~16.1歳の範囲であった。メトホルミンの介入期間は3〜48か月であった。
全体での評価では、身長の変化は、メトホルミン群と対照群との間で有意差はなかった。
しかしながら、累積メトホルミン投与量(1日あたりのmg数と治療日数の比)による層別分析を行ったところ、
メトホルミン投与量が多い5つの研究においてメトホルミン使用群で身長がより高くなった(加重平均差 1.0cm; 95%信頼区間 [0.0-2.0 cm])が
メトホルミン投与量が少ない5つの研究では、2群で差がなかった(加重平均差 -0.1cm; 95%信頼区間 [-0.7-1.0cm])。
結論と妥当性-Conclusions and Relevance
二次解析で、メトホルミンの累積使用量が多い群で、小児の身長増加との間の用量反応関係があることが示された。
対照群と比較して身長+約1cmの差が小さいと思われるかもしれないが、多くの研究が短期間であり、年齢が高い青年が含まれている可能性があるので、この数字は、過小評価されている可能性がある。
今後の研究では、年齢や性別などの交絡因子の影響を考慮した上で、メトホルミンの身長に対する影響を検討すべきである。
一通り論文を読んでみて、結論とその意味をさらにまとめてみると、こんな感じです。
Dr.アシュアの論文の主旨
メトホルミン投与群と、投与していないコントロール群全体を比べるメタアナリシスをしてみたが、身長の増加の効果はなかった。
二次解析でデータをいじってみたら、メトホルミンの投与量を多くして長く投与すると、身長が伸びる可能性がある結果がでた。
二次解析の結果は本当の事実ではない可能性も十分ある。今回の結果を仮説を作る素にして、ランダム化比較試験を計画してほしい。
このように、二次解析の結果は本当の事実ではない可能性も十分あると、しっかり論文に記載されていました。
今回のメタアナリシスを読んで、「じゃあ、メトホルミンを投与することで身長を伸ばすことができる!」と判断して患者さんに投与するのは、やっぱりちょっとマズイと感じました。
メトホルミンを身長治療薬として投与することの危険性
ということで、メタアナリシスを読んでみてDr.アシュアは、メトホルミンを身長治療薬として投与することには、現時点では反対の立場だと明言しておきます。その理由を3つ述べておきましょう。
そもそも”メトホルミン”に低身長の治療薬としての効果はまだまだ眉唾
メトホルミンの低身長の治療薬としての効果は、上でも書いたようにまだまだ怪しい部分があります。
しかも、身長の治療というのは効果がとても感じにくい治療です。タイムマシンでもない限り、同じ人で治療を行った場合と、行わなかった場合とで比較ができないからです。
ずっと治療を続けていても、身長に効果があったのかどうか実感できる日は、おそらく来ません。
運よくそこそこの成人身長になったときに「もしかして効果があったかも・・・?」と思えるくらいでしょう。
医師は治療を行う場合に、メリットとデメリットを天秤にかけて判断します。
メトホルミン自体は安全性が高い薬剤ですが、発生すると致命的な副作用がある薬剤です。
低身長に対してメトホルミンを処方することは、患者さんを「効果があるかどうかわからないのに、副作用のリスクは抱える」状態にすることになると言ってもよいでしょう。
僕はそんな治療は行いたくはありません。
”メトホルミン”には、適応疾患として低身長はない
一般的に、病院でお薬を処方される場合、医師が今日受診したAさんは、〇〇という病名であり、そのため△という薬を処方しました、という形でその人に”病名”をつけて、その病名に保険診療上有効と認められている薬剤が処方される、という形をとります。
国民健康保険に加入している場合、保険診療上有効と認められている診療が行われていれば、7割は保険で、3割を自己負担で支払うのが一般的です。
お子さんの場合は、各自治体で子ども医療費助成制度があるので、保険診療ならば、どんな診療・処方を受けようが大部分が公費で支払われ、ご自身で負担する額は少なくなります。
しかし、今回処方されているメトホルミンは、糖尿病のお薬です。代表的なメトホルミンのメトグルコ錠の適応疾患をみても、2型糖尿病にのみ効能があると明記されており、”低身長に効果がある”とは国は認めていないのが現状です。
つまり、糖尿病ではないお子さんにメトホルミンを処方する場合、”適応外使用”になるため、保険診療にはなりません。いわゆる自由診療となり、全額家族が負担することになります。
お金を払えばよいのか、という議論になるかもしれませんが、現在の保健医療制度で日本で生活していく以上は、自由診療で医療を受け続けるのはあまり好ましくはないと思います。
”適応外使用”を続けて万が一医療事故が起こった場合のことは考えているのか
メトホルミンは確かに使用経験が長く、安全性が高い薬剤ではありますが、乳酸アシドーシスという死亡する可能性がある副作用が起こり得る薬剤です。乳酸アシドーシスの発症リスクは、年間10万人当たり数人程度と報告されていますが(The New England Journal of Medicine 265 :338, 1998他)、ゼロではありません。
そもそもの効能として認められていない”適応外使用”を続けていた際、医療事故が起きてしまったら、、、その責任は誰がとるのでしょうか。
もちろん使用を勧めた医師がその責任を問われることになりますが、適応外使用であると言うことになれば、大きな批判からは免れることはできないでしょう。
患者さんにも効果があるかどうか微妙な治療を行った上で、処方した医師にも大きなリスクを抱えることになるとすると、やはりメトホルミンの処方は好ましくないと言わざるを得ません。
まとめ
低身長の治療薬として糖尿病薬”メトホルミン”を用いている医師がいると聞きました。
関連するメタアナリシスを読んでみると、まだまだメトホルミン投与が低身長の治療薬になるという根拠は眉唾でしょう。
倫理委員会で許可された診療試験の一環として投与されているという形ならば「あり」だと思いますが、もしある医師の一判断として糖尿病薬を”適応外使用”しているならば、あまり好ましくない状況と感じます。
僕の患者さん、お母さんにもこの文献をお渡しした上で、しっかりと説明をしたいと思います。
今回は、以上となります。