こんにちは、Dr.アシュアです。
さて、私が勤務している病院には、私と栄養士さんとで開設・運営している1型糖尿病の患者会があります。先日行われた患者会(Web開催)で私がミニ講演をしたのですが、その内容をTwitterでつぶやいたところ聞きたい方がいたようなので、記事にして残しておこうと思いました。
内容は
「1型糖尿病を持つお子さんはCOVID-19に感染した場合重症化するリスクがあるが、脅威ではない」
というものでした。
リスクではあるが、脅威ではない???ちょっとよく分からない内容ですよね。詳しく説明していきたいと思っています。
それではよろしくお願いいたします。
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目次
まずはじめに 重症化の定義について
はじめに重症化の定義について確認しておきましょう。
今回重症化は、COVID-19にかかって、ICUに入った、人工呼吸器を使った、死亡した、ということを重症化と定義します。
入院を重症化の定義にしてしまうと、「それほど重症ではないのに心配だから入院しましょう」という人たちが含まれてしまって、本当の重症がぼやけてしまいます。
「それほど重症でもないけど入院で様子見ましょう」は、特に小児科界隈ではよくあることで、私も自分の患者さんの1型糖尿病のお子さんが感染症になって病院に来ると、年齢の要素も見たりはしますが、元気でも入院を勧めたりすることがあります。
COVID-19ではさらに複雑で、親子でCOVID-19に感染して親は中等症以上で入院してしまい、子どもは全く症状がないのに養育者がいないので入院が必要になっちゃったみたいなケースもあるので、入院を「重症化の定義」にしてしまうとワケワカメな状況になるのは、なんとなくわかってもらえるかと思います。
成人で1型糖尿病の人はCOVID-19感染症が重症化しやすいか
もはや引用文献をだすまでもなく、成人においては糖尿病は1型・2型にかかわらずCOVID-19感染症の重症化のリスクになります。
そもそも糖尿病はインフルエンザなどのほかのウイルス感染症の重症化のリスクにもなると昔から言われてますので、COVID-19もウイルスだよね、と言ってしまえばそれまでですが。
一応根拠を提示しておきます。
Lancet Diabetes Endocrinol. 2020 Oct;8(10):813-822. PMID: 32798472
Associations of type 1 and type 2 diabetes with COVID-19-related mortality in England: a whole-population study
Emma Barron, et al.
この論文はLancetの姉妹紙から発表されたものです。
イギリスのほぼ全人口を対象とした研究で、1型糖尿病と2型糖尿病のタイプ別にCOVID-19による入院中の死亡のリスクを調査したものです。
2020年3月1日~5月11日にイギリスで生じたCOVID-19による院内死亡の1/3は糖尿病の人で生じていたようで、もろもろの因子を調整した結果、COVID-19による院内死亡のオッズは糖尿病のない人に比べ、1型糖尿病の人は3-5倍、2型糖尿病の人は2倍でした。
オッズというのは「コホート研究などで用いられる効果の指標でアウトカムが起こりにくいものだった場合にリスク比と同等にとらえてよいもの」です。
もうすでに分かりにくいですね(笑)。
とりあえず今回の論文の結論で言えば「1型糖尿病の人は糖尿病のない人に比べて3-5倍COVID-19による院内死亡が多かった」と理解しておけば十分だと思います。
では、1型糖尿病の「お子さん」ではどういったエビデンスが出ているのでしょうか。
小児で1型糖尿病の人はCOVID-19感染症が重症化しやすいか
これに関しては、少し前まではリスクにはならないと言われ続けていました。
しかしアメリカからこの論文が出てきて、様相が変わったと言わざるを得ません。
JAMA Netw Open. 2021 Jun 1;4(6):e2111182. PMID: 34097050
Underlying Medical Conditions Associated With Severe COVID-19 Illness Among Children
Lyudmyla Kompaniyets, et al.
これは、2020年3月~2021年1月まで、米国の800以上の病院のデータを含むデータベースから収集した横断研究です。研究の規模がとにかく大きいのが特徴ですね。
調べたのは入院と重症化で、重症化の定義はICUへの入室・人工呼吸を要したか・死亡ということで、入院と重症化を分けて評価しています。
対象は、18歳以下のコロナ患者43,465人(年齢中央値12歳)のデータで外来患者と入院患者を区別しています。4万人以上の小児のコロナ患者のデータを解析したとなると、これはなかなか世界でも類を見ない規模の研究です。
結論としては以下の二つです。
- 入院の危険因子は1型糖尿病(調整リスク比[aRR] 4.60;95%信頼区間 3.91-5.42)と肥満
- 重症化の危険因子は1型糖尿病(aRR 2.38; 95%信頼区間 2.06-2.76)と、心臓・循環器系の先天異常
今回は、1型糖尿病との関連でブログを書いているので、上の肥満や循環器系の先天異常のリスク比は割愛しています。結論は、1型糖尿病のお子さんではCOVID-19感染時の重症化のリスクが約2.5倍くらい高いということでした。
やはり小児においても1型糖尿病はCOVID-19感染の重症化のリスクと言ってよさそうです。
リスクにはなるが、脅威にはならないってどういうこと?
ここまででどうやら「1型糖尿病にかかっているお子さんが、COVID-19にかかると重症化のリスクが2倍以上あるらしい」ということは理解いただけたと思います。
しかしここでちょっと立ち止まって考えてみたいと思います。本当にこの数字をそのまま信じていいのでしょうか。まずはこちらをご覧ください。
※ちなみにこの図は理解を助けるために私が作った仮のデータです
仮に1型糖尿病を持つ人がCOVID-19にかかったら重症化するリスクが4倍です、という言い方をする場合は相対リスク(=リスク比)という考え方で話しています。リスク比は、上の2つの表で行うような計算で出します。
この2つの表を説明していきます。
上図はそもそもCOVID-19にかかった人の重症化率が高い場合(COVID-19にかかると10%重症化する世界)の場合はどうなるかシミュレーションしたものですが、この場合はリスク比が4.0倍ということは、1型の人でCOVID-19に100人かかったら40人も重症化するということになります。
次に下図を見てください。こちらはCOVID-19にかかった人の重症化率が低い場合(COVID-19にかかると1%重症化する世界)の場合どうなるかシミュレーションしたものですが、この場合はリスク比が同じく4.0倍ということは、1型の人でCOVID-19に100人かかったとして4人が重症化しています。
???
ずいぶん受ける印象が違いますよね。同じリスク比でも、下図の方はずいぶん脅威としては低い感じを受けると思います。
次にこちらをご覧ください。
今度はそれぞれの表に「リスク差」という別の評価の指標を付けてみました。これは、今回のケースで言えば”1型糖尿病を持っていると、COVID-19にかかった場合何%重症化のリスクが増えるか”という指標になり、絶対リスク(リスク差)と呼びます。
この評価の指標なら、①と②の差がとてもよくわかりますね!
つまり「そもそものCOVID-19にかかった人の重症化率が高いか低いかで、相対リスクは同じでも絶対リスクは大きく変化する」ということです。
この絶対リスク(リスク差)は、相対リスク(リスク差)よりも、研究結果の現実的なインパクトをより反映しやすいと言われていて、リスク比とリスク差を併記している論文も存在します。
ですが、リスク比の方が数字のパワーは大きい(ぱっと見の華やかさは優れている)ところがあります。
⇒1型糖尿病をもっているとCOVID-19にかかった時の重症化が4倍増える!
だから、論文ではリスク比を全面に出して話を展開するのが好まれているのかもしれませんね。
つまり「子どもで1型糖尿病を持っていること」はたしかにCOVID-19にかかった時の重症化のリスク比を上げた、とは言えると思いますが、絶対リスクがどうかについては、「COVID-19にかかった子どもの全体で重症化率が高いか低いか」にかかっている、ということになります。
COVID-19にかかった子どもの全体で重症化率が高いか低いか
これについては、現在のアメリカ・日本のデータが参考になります。
Children and COVID-19: State-Level Data Report
ここにアクセスすると現在のアメリカでのCOVID-19にかかった子どもたちの数や、重症化率などが週の単位で更新されており、最新の情報を得ることができます。
2021/11/25にアクセスした情報を見ますと、
- 子どもの累積症例数 6,899,590件⇒全体の17.0%
- 11/18-11/25の間で131,828件が報告され、週間報告症例の24.6%を子どもが占めている
- 入院率は0.1~1.9%
- 死亡率は0.00%~0.03%
という情報が得られました。
さて続いて日本ですが、こちらは厚生労働省のデータにWebからアクセスして得ることができます。
厚生労働省 新型コロナウイルス感染症の国内発生動向(速報値)、2021年10月5日24時時点 というスライドを参照しますと、
- 累積症例数は10歳未満が91234人、10代が171827人
- 累積死亡者数は10歳未満は0人、10代は3人
ということでした。
「死亡」という観点だけではありますが、公的な情報を見直しても「現在の国内におけるCOVID-19にかかった小児における重症化リスクは、かなり低いだろう」と言ってよさそうです。
それで結論は?
ということで
結論
- 子どもで1型糖尿病を持っていること」はたしかにCOVID-19にかかった時の重症化のリスク比を上げるらしい
- 今のところは、子ども全体でみるとCOVID-19にかかったときの重症化率は低いようだ
- それゆえ、現時点では現実的な脅威=絶対リスクは低いだろう
ということができると思います。
ちなみに、冒頭で引用したイギリスの論文(PMID: 32798472)では実は絶対リスクについてちゃあんと言及されており、40歳未満での1型糖尿病をもつ人のCOVID-19の重症化の絶対リスクは非常に低かった、と論文中に明記されていました。海外でも同じようなことが言えそうですね。
最後に
長々と説明してきましたが、わかりやすかったでしょうか。
最後になりますが、一つだけ注意するべき点があります。それは、絶対リスクは低いだろうというのは「現時点では」という但し書きが付きますよということです。
2021年も年末になりましたが、現在オミクロン株というようなCOVID-19の新しい亜型がまた発見され、まだまだCOVID-19の終息は見えない状況です。
今後、新しい型の流行が始まり、子どものCOVID-19のそもそもの重症化率が上昇してしまったら…、その時は1型糖尿病を持っているということは非常に怖いリスクを持っているということに変貌するでしょう。
今回は以上となります、何かの役に立てば幸いです。