こんにちは、Dr.アシュアです。今回は、子どもの肺炎についてのJAMAのシステマティックレビューを紹介したいと思います。
小児科医が行う「病歴聴取、身体所見」の中で、子どもの肺炎の診断に有効なものは何か?というテーマに沿って行われたシステマティックレビューです。なかなか興味深い結論が出ていたので共有したいと思い、今回の投稿に至りました。
お母さん、お父さんにとっては、「自分の子どもに、自宅でどんな症状が出ていたら肺炎を疑ったほうがいいか?」というテーマに置き換えて読んでみると参考になるのではないでしょうか。
さて今回の主役に登場して頂きましょう。
JAMA. 2017 Aug 1;318(5):462-471. PMID: 28763554
Does This Child Have Pneumonia?: The Rational Clinical Examination Systematic Review.
Shah SN, et al.
スポンサーリンク
目次
研究の背景-Background
こどもの死因の情報を集めてまとめたLancetの論文には、下記のような記載があります。
2013年に死亡した小児630万人のうち、肺炎で死亡した人数は約90万人(全体の14.9%)であり、主要な3項目にランクインしている。
Lancet. 2015 Jan 31;385(9966):430-40.
現代においても、肺炎は子どもの死亡の主要な原因の一つと言えます。
子どもの死亡を減らすために、肺炎を的確に診断することが大事であることは明白です。
こういった背景から今回の研究は始まりました。
目的-Objective
レントゲン写真で肺炎を認めた子どもを特定する際の、症状および身体診察の正確性を体系的にレビューする。
これが今回の研究の目的です。ちょっと分かりにくいので補足していきます。
肺炎を的確に診断するには、何かの根拠を持って「この子どもは肺炎かもしれない…」と疑うことが必要です。
子どもの家族であれば、「咳がひどい」「熱が続いている」といった症状で、肺炎を疑うでしょう。
医師であれば、そういった”症状”のほかに、診察所見(視診、聴診など)を参考に、肺炎を疑うでしょう。
そこで著者らはこんな風に考えました。
これら肺炎を疑うような”症状”や”診察所見”の内、どれがあったらより肺炎の可能性が高まるか、を沢山の論文の情報をまとめて調べてみよう、と。
今回の研究の目的を噛みくだいてみると、こんな形だと思います。
そして今回の論文の大事なところですが、肺炎の診断基準です。研究結果の信頼性にもかかわる部分です。
肺炎の診断のための真の基準は、気管支肺胞洗浄または肺穿刺によって得られた下気道からの吸引液を採取して検査することによります。
気管支の先まで内視鏡を入れて洗浄液を採取したり、肺を刺したりするわけで、非常に侵襲性が高いわけです。こういった検査は、肺炎の初期治療に全く反応しない重症患者さんや、肺炎の原因微生物を明確にすることが患者さんの治療に役に立つ(侵襲を上回る利益がある)場合に行われるもので、ほとんど一般的な肺炎の患者さんには行いません。
一般的には、胸部レントゲン写真で浸潤影があること(肺に影があること)が肺炎を診断する臨床的な基準です。
肺炎を疑うような症状や身体所見に関する以前の論文においても、ほとんどが肺炎の診断基準として胸部レントゲンにて浸潤影があることを採用しています。そういった意味でも今回の研究における肺炎の診断基準は、医学界でも常識的なものだと考えられます。
データソースと研究の選択-Data sources and Study selection
5歳未満の小児を含んだ肺炎の診断研究について、1956年~2017年5月までの間で、MEDLINEとEmbaseを検索した。
研究によっては最大19歳までの年齢の小児を含んだものもあった。検索で出てきた文献の参考文献も含めて検索した。
上記のようにまずはデータベースの検索から開始し、さらに適格基準でもって文献を絞っています。
適格基準を簡単に示しておきます。
どんな論文を集めた?適格基準
(1)5歳未満の小児を含む研究である
(2)肺炎の疑いのある患者で外来診療所、救急部、入院病棟の患者を対象にした研究
(3)抽出可能なデータで十分詳細に記述された臨床所見(病歴、身体検査)がある研究
(4)肺炎の定義が、胸部レントゲン写真による肺炎像と明確に定義され、胸部レントゲン写真がすべての子どもに行われている研究
絞られた論文の”質”の評価もしっかりされていました。バイアスに関する評価を、診断研究用に考案されたQUADASという評価尺度を用いて評価していました。
調査された研究の質はチェックリストにまとめられ、1~5の点数をつけられました。
1=最高品質で5=最低品質という意味で、得点が4と5の研究は今回のシステマティックレビューからは除外されました。
2人の研究者が別々に作業を行い、意見が異なった際には、3人目の研究者が調整をしていました。
結果として、データベースの検索などで3644個の研究が見つかり、そのうちの23個の研究が今回の基準を満たしました。
データ抽出および合成-Data extraction and Synthesis
2人の著者が別々でデータをまとめて、論文の方法論の品質を評価した。2人の意見が異なる時には、3番目の著者が入り調整を行った。
ここは書かれている通りで良いかと思います。以前の投稿でも書きましたが、システマティックレビューの複数の作業を、複数の研究者で別々に行い結果が似通っているか評価することは、重要でした。
主なアウトカム-Main Outcome
複数の研究からまとめられたデータは、肺炎の診断に対してある”症状”や”身体所見”の尤度比(ゆうどひ)=LR(likelihood ratio)、感度、特異度でした。
難しくなってくるので補足が必要ですが、今回の主なテーマを考えると、データの中で最も重視すべきは尤度比です。
感度は、今回のケースで言えば、肺炎がある人の中で”ある症状”が存在する確率なので、今目の前にいるお子さん(もちろん肺炎かどうかは不明)の診療にはあまり意味を成しません。特異度も同様の理由で、実臨床には生かしにくいです。
その反面、尤度比は実臨床に生かしやすい指標です。すごく噛みくだいて言えば、尤度比は、目の前の肺炎を疑っているお子さんに”ある症状”や、”ある身体所見”があった時に、どれくらい肺炎の可能性が高まるかを教えてくれる、一種の倍率・関数です。
尤度比の話をしだすと、どんどん話が複雑になるので、ここでは尤度比の文献からすごく簡単に、尤度比の値と、疾患がある確率に関するインパクトの目安を書いておきます。
尤度比の値と、疾患がある確率に関するインパクトの目安
尤度比 | 確率の変化 | 疾患ありに対するインパクト |
10 | +45% | かなり高くなる |
5 | +30% | 結構高くなる |
2 | +15% | 少し高くなる |
1 | 0 | なし |
0.5 | -15% | 少し低くなる |
0.1 | -45% | かなり低くなる |
※ただし検査前確率10%~90%の間で適応される
J Gen Intern Med 17(8): 646, 2002 JAMA 271(9): 703, 1994.より引用・一部改変
結果-Results
まずは集められたデータの要約ですが、
合計 13833人のデータを含む23件の前向きコホート研究がありました。そのうち8件が北米の研究でした。
研究ごとに78〜2829人の範囲の患者が含まれていました。
北米では、肺炎の有病率は19%(95%信頼区間、11%〜31%)
北米以外の国では、肺炎の有病率は37%(95%CI、26%〜50%)でした。
と1.3万人のデータを集めた大きなシステマティックレビューとなったことが分かります。
そして肝心の肺炎の診断と何が一番関連しているのかという事ですが…。まずは”症状”からです。
なにか1つの症状だけでは肺炎と強く関連しているものはなかった。
しかし、青年の年代の患者を含む2つの研究においては、胸痛の存在が肺炎と関連していた(LR 1.5-5.5、感受性 8%-14%、特異度 94%〜97%)。
今回は5歳未満のデータをまとめる研究でしたから、5歳未満で肺炎が疑われた患者さんでは、何か一つの症状があるだけでは肺炎らしいかどうかはあまり言えないと言うことになります。
ただし、もっと上の年齢の小児を含んだ研究においては、”胸痛”がある場合に肺炎の可能性が高くなると言えるということが分かりました。
ただし、胸痛は感度10%前後ととても低く、特異度が95%前後と高い”症状”です。そもそも肺炎がある子どもの中で胸痛を訴えること自体が少ないため、実臨床では使いにくいかもしれませんね。
次は、”身体所見”についてです。なおバイタルサインはここに含まれています(体温、呼吸数、脈拍、血圧、酸素飽和度)。
37.5℃以上の発熱([LR 1.7-1.8、感度 80%-92%、特異度 47%-54%)および
40回/分以上の頻呼吸(LR 1.5 [95%信頼区間 1.3-1.7]、感度 79%、特異度 51%)は、肺炎の診断と強くは関連していなかった。
同様に、聴診所見は肺炎診断と関連していなかった。
上で示したように尤度比=LR(likelihood ratio)は2以上でないとあまり疾患の可能性を高めるようなものにはなりませんでした。そういう意味で、熱があったり、頻呼吸だけではあまり肺炎の可能性を上げないということが示されています。
さらに驚きなのは、今回の研究では、聴診所見で異常があったとしても肺炎の可能性を上げない、という結果が出たことです。小児科医の存在意義ェ…と萎えてしまいそうですね。
中程度の低酸素血症(酸素飽和度≦96%)(LR 2.8 [95%信頼区間、2.1-3.6]、感度 64%、特異度 77%)および
呼吸仕事量の増加(うなる、鼻翼呼吸、陥没呼吸)(LR 2.1 [95%信頼区間、1.6-2.7])は、肺炎に最も関連する徴候であった。
これが今回一番の情報です。肺炎を疑っているお子さんを診察するとき、低酸素血症と呼吸仕事量の増加があると、肺炎の可能性が最も高くなるということですね。ただし尤度比=LR(likelihood ratio)はせいぜい2前後、高くて3程度ということも大事です。そこまで決定的に肺炎の可能性を高めるものでもないと言う認識は持つべきです。
低酸素血症は、病院で酸素のモニターをつけてもらえば分かります。こちらは医者いらずです(泣)。
ただ、呼吸仕事量の増加については、ある程度慣れた小児科医でないと分からないと思います。最後に小児科医の面目躍如となりました。
また少し知識として知っておくだけで、”呼吸仕事量の増加”についてはお母さん・お父さんでも気づける可能性があります。
説明を追加しておきますね。
呼吸仕事量増加のサイン
『うなる』息を吐くときに「う~、う~」と自然に声が出てしまう現象
『鼻翼呼吸』息をするときに、自然に鼻の穴が大きくなったり、小さくなったりする現象
『陥没呼吸』息を吸うときに胸の柔らかい部分が逆にへこむ現象(例:胸骨の上、鎖骨の上下、肋骨の間の皮膚)
また下記のような結果も出ていました。
酸素飽和度が正常であること(酸素飽和度> 96%)は、肺炎の可能性を減少させた(LR 0.47 [95%信頼区間、0.32-0.67])。
結論-Conclusion 結局何が分かったか
ココがポイント
ある1つの症状では、肺炎を他の小児呼吸器疾患と確実に区別する基準にはできない。
しかし、肺炎を診断する上で、低酸素血症と呼吸仕事量の増加は重要である。
以上結論を書いておきます。
お子さんがひどくせき込んで熱がでており肺炎を疑うような状況では、上記のようなことに気を付けておくとよいでしょう。
今回は以上となります。何かの参考になれば幸いです。