こんにちわ、Dr.アシュアです。今回は、小児救急の話題の論文をご紹介したいと思います。
こどもがかかる病気の中でも、指折りの重症疾患である敗血症。
それほど患者さんが多くはないため、これまでは複数の国にまたがるような研究のデータはありませんでした。
しかし、2015年に小児の重症敗血症についての非常に重要な論文が発表されました。特筆すべきはその世界的な規模、です。
今後、小児敗血症の研究は、この疫学データが基礎になると言っても過言ではありません。小児救急に従事している小児科医なら誰もが知っている、そんな有名な論文です。
主役に登場して頂きましょう。
Am J Respir Crit Care Med. 2015 May 15;191(10):1147-57.
さあ見ていきましょう。
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目的 Objective
今後より良い介入試験を行うために、小児集中治療室における重篤な敗血症について、世界的な有病率、治療法、転帰について調査する。
これが、今回の論文の目的です。
つまり、世界で発生している重症敗血症のお子さんのデータをかき集めて、「そもそも重症敗血症の小児というのは、どんな特徴があるのか」ということをハッキリさせましょう、ということですね。
題名、Sepsis PRevalence, OUtcomes, and Therapies study の赤字の所をとって、この研究は「SPROUT study」と略されることが多いのですが、SPROUTには「芽生える」いう意味があります。
これからの小児重症敗血症の研究を「芽生えさせる」という意味が込められているのかもしれませんね。
方法 Method
2013年~2014年の5日間、26か国の128か所にて、特定の5日間について調査が行われた。
北米59カ国、ヨーロッパ39カ国、南米10カ国、アジア10カ国、オーストラリア/ニュージーランド7カ国、アフリカ3カ国の合計26か国から、
128か所のPICUが参加した世界規模の研究です。PICUは、Pediatric ICUのことで、「こども専用の集中治療室」のことですね。
日本でも、大学病院やこども病院クラスの病院にしか設置されていないユニットです。
日本からは3か所の病院のPICUが参加しています。京都府立医科大学、東京都立小児総合医療センター、静岡県立こども病院のPICUです。しっかり日本が参加している所はなんだか少し誇らしいですね。
特定の5日間 詳しくは、2013/6/5、2013/9/17、2013/11/6、2014/1/22、2014/3/19と、1年の中でなるべく均等に日を選んでいるようです。これらの日に細かく条件を定めて対象者をエントリーしています。
対象 Patients
・コンセンサス基準によって定義された重症敗血症であること
・18歳未満であること
少し補足しますと、コンセンサス基準というのは、「2005年度国際小児敗血症コンセンサス会議基準」のことです。
2005年度国際小児敗血症コンセンサス会議基準
(1)2つ以上の全身性炎症反応症候群基準
(2)侵襲性感染の確認または疑い
(3)心血管機能不全、急性呼吸促迫症候群(ARDS)、または2つ以上の臓器機能不全
という3つの基準を満たしたこどもを、重症敗血症と定義しています。
病気の定義が明瞭でないと研究の内容がぼやけてしまうので、疾患の定義は非常に大事な点ですが、これは現在の重症小児敗血症の定義としては問題ないでしょう。
ただし、この敗血症の定義、お父さん・お母さんにはかなり難しいものだと思います。
簡単に言えば、感染症をきっかけに起こる生体反応が非常に強く起こることで、臓器障害・組織障害を起こす病気ですが、これでもまだまだ難解かもしれません。
日本集中治療医学会が制作した情報サイト「敗血症.com」がオススメです。敗血症Q&Aという形でわかりやすく敗血症について説明されています。興味をお持ちの方は是非そちらもご覧ください。日本集中治療医学会は、敗血症診療ガイドラインなどを刊行している組織でサイトの内容については信頼性が高いと考えます。
主要評価項目 Outocome
・特定の5日間における重症敗血症の罹患率
・行われた治療
・多臓器不全がどの程度いたか
・発症から28日目の時点で何日人工呼吸器を使用しない日があったか、および血管作動薬を使用しない日があったか
・身体機能の状態と死亡率
これらが主要評価項目になっています。世界で起きている重症小児敗血症の患者さんの特徴について今回はこんな点を調べますよ、ということですね。
これらの項目以外にも、敗血症の原因となった感染症が何だったか、原因病原体が何だったかなども調査されていました。
主な結果 Results
スクリーニングされた6,925人の患者のうち、569人が重度の敗血症(有病率8.2%; 95%信頼区間7.6-8.9%)を有した。
特定の5日間に、128か所のPICUで6925人のこども達が、研究の対象者になるか調べられています。
結果として569人が重症小児敗血症だと判明しました。つまり子どもの集中治療室において重症小児敗血症患者が8.2%いたという結果だったわけです。
5日間で570人いたわけなので、単純計算で「1日当たり128か所のこどもの集中治療室で100人強が重症敗血症と診断されていた」というふうに読んでも良いかもしれません。
患者年齢の中央値は3.0歳(四分位範囲[IQR]、0.7-11.0)であった。
年齢が小さい幼児期早期が、重症敗血症になるリスクが高いということですね。
感染の最も頻繁な部位は、呼吸器(40%)および菌血症(19%)であった。
敗血症は、原因として何らかの感染症から起こります。
こどもの感染症は、呼吸器感染が多いので、ある程度納得な数字です。こどもの重症敗血症は、肺炎を契機に4割、菌血症を契機に2割起こるということです。
院内死亡率は25%であり、年齢や先進国と資源制限国の間で差はなかった。
一旦重症敗血症になると1/4が亡くなってしまうというのは、驚異的な数字です。こどもの病気で死亡率が20%を超える疾患、、、と考えてみてもあまり思い浮かぶ疾患はありません…。
これだけでも、重症小児敗血症の患者さん達の予後を改善させるために、しっかりデザインされた臨床研究が必要だと言えるでしょう。
また他の研究と同様に、基礎疾患があるお子さんの方が、重症敗血症になるリスクが高いという結果でした。
基礎疾患がベースにない患者さんが22%でしたので、ほぼ80%が基礎疾患持ちという事になります。特に、免疫抑制状態および既存の腎疾患を有する小児は最も死亡率が高値でした。
しかし、死亡が敗血症に起因するのか、根底にある基礎疾患に起因するのかを判断することはできなかったとlimitationで触れられていました。
患者の67%が敗血症だと認識された時点で既に多臓器不全であり、その後に30%が新たな多臓器不全を発症した。
生存者のうち、17%が少なくとも中等度の後遺症を発症した。
重症小児敗血症の死亡率が高い、一つの理由かもしれません。
全身性炎症反応症候群の程度が強ければ、もちろん全身の臓器が障害を受けるわけですが、行き過ぎてしまえば多臓器不全の状態に陥ります。そうなれば必然的に死亡率は高くなるのだと感じました。
結論 Conclusion
小児重症敗血症は、成人集団で報告されたものと同様の発生割合、罹患率および死亡率を有する公衆衛生上の重大な問題である。
重症敗血症の小児を対象とした国際的な臨床試験が望まれている。
今まで小児重症敗血症患者は、成人に比べて1/10以下だと報告されていました。Am J Respir Crit Care Med. 2003 Mar 1; 167(5):695-701.
がしかし、実際は今回の研究結果をみると、小児重症敗血症患者さんがPICU入院患者さんの8.2%を占めていました。この値は、成人における重症敗血症の患者さんの割合と非常に似ていた様です。
そして、今回の研究で明らかとなった小児重症敗血症患者さんの死亡率 25%という数字は、以前の研究で後方視的に推定されていた死亡率と比較して非常に高かったことが指摘されています。Pediatr Crit Care Med. 2013 Sep; 14(7):686-93.
小児重症敗血症の今まで推定されていた罹患率と死亡率が思ったよりも高い値だったということから、小児重症敗血症が公衆衛生において重大な問題であるという結論となり、今後それを改善する方策を探るための上手くデザインされた臨床研究が出てきてほしい、という希望でもって論文は結びとされていました。
まとめ
いかがだったでしょうか。少し北米・ヨーロッパの国々に偏った部分があるのは気になっていて、そのまんま日本にデータを当てはめられるかどうかは検証が必要かなと感じました。この点については同じようなご意見を持っているDr.は多いと思います。
最後に簡単なサマリーを載せておこうと思います。
ココがポイント
7000人くらいのPICU入室患者さんを調べた結果、小児重症敗血症の患者さんのデータはこんなことが分かりました。
PICU入室患者さんのうち、重症敗血症の患者さんが8.2%いた
患者さんの年齢の中央値は3歳
基礎疾患がある患者さんが8割(免疫抑制状態、腎臓の基礎疾患があるお子さんが死亡率が高かった)
肺炎きっかけに敗血症を起こしたケースが4割、菌血症きっかけに敗血症を起こしたケースが2割
死亡率が25%、後遺症が17%
以上となります。