こんにちは、Dr.アシュアです。
今回は2020/10/5から週刊スピリッツで連載されているマンガ「プラタナスの実」の第36・37話を、現役小児科医が考察・解説してみたいと思います。
「プラタナスの実」はドラマ化もされ人気を博した「テセウスの船」の原作者、東元俊哉先生の新連載の漫画で、小児科医療をテーマとして描かれている漫画です。
漫画の情報については公式HPをご覧ください。
原作者の東元先生にも企画についてご許可頂いておりまして「プラタナスの実 考察・解説ブログ~非公式だけど公認~」ということで、がんばって考察・解説していきます。
第1~3集も発売され好評のようです!
前回のお話では、急性骨髄性白血病の闘病中の天才ピアニスト朋美ちゃん=”ともりん”が発症していた合併症「好中球減少性腸炎」の外科手術が成功し、病状が回復に向かい始めました。
チャイルド・ライフ・スペシャリストの青葉さんも、朋美ちゃんの手術について執刀医の英樹先生にお礼を言うなど、和やかムードが漂っていましたが・・・。
青葉さんが、父・吾郎先生との親子の絆について英樹先生に話を振ったとたん、突然英樹先生がキレ出しました。
「あんたは何にも分かっていないな。復讐しに来たんだよ俺は。」
・・・英樹先生のサイコパスっぷりが若干垣間見えました。。
英樹先生が、海外から北広島市総合医療センターに戻ってきたのは、なにやら思惑があってのことだったわけですね。今後のお話は、英樹先生が引っ張っていきそうな予感です。
それでは、見ていきましょう。
スポンサーリンク
第36・37話のあらすじとDr.アシュア的に気になったことについて
急性骨髄性白血病の闘病中の天才ピアニスト朋美ちゃん。外科手術にて合併症「好中球減少性腸炎」は快方に向かいましたが、経過中に学校の先輩「葛西先輩」との恋愛は終わってしまいました。病室にて、チャイルド・ライフ・スペシャリストの青葉さんと失恋話をしていた朋美ちゃんでしたが・・・どこからかピアノの音が聞こえてくることに気が付きます。
車いすを押してもらいピアノの音を辿っていくと…、そこには電子ピアノの練習をしている主治医・真心先生の姿がありました。
朋美ちゃんの姿を見つけた真心先生はというと、イソイソと「じゃあ練習終わり~」となんだか恥ずかしそう。
ある事に気が付いた朋美ちゃん、すかさず「もう1回弾いて。いいから弾いて。」と真心先生にせがみます。
真心先生がたどたどしく弾いたのは「中島みゆきの糸」。この曲は、朋美ちゃんが有名人になるきっかけになったyoutubeのはじめての動画で弾いた曲でした。彼女にとっては、自分の父が大好きな曲で、自分がピアノを始めるきっかけになった曲で、ピアニストとして活躍するきっかけになった曲で・・・とても大事な一曲。
居ても立っても居られない朋美ちゃんは、車いすから何とか立ち上がり真心先生の隣へ腰かけ、一言。「一緒に。」
朋美ちゃんは、真心先生のへたっぴな演奏に寄り添うように、しかし力強く、連弾をするのでした。
その姿を見かけた兄・英樹先生。演奏を聞きながら、両親が離婚した日のことを思い出していました。あの日、英樹先生はお別れを言う母に何も伝えられませんでしたが、心の中には何かしまい込んでしまった想いがあったようです。
季節は夏になり、ある朝、病室で青葉さんがある患者さんに声をかけています。患者さんは小学校低学年くらいの「蓮くん」という男の子。青葉さんは、採血がある蓮くんを迎えに来たようですが、当然のように蓮くんは採血室に行くのを拒みます。
青葉さんは、チャイルド・ライフ・スペシャリスト。患者さんやご家族が抱える不安やストレスを軽減して、病気に前向きに向かって行けるようにサポートする専門職です。
採血検査を拒む蓮くんに、青葉さんは持参した犬のぬいぐるみ「ジェームズ君」を使って”注射ごっこ”で遊ぼうと誘います。遊びには乗り気の蓮くん、お医者さんの役割をすると言います。蓮くんは、おもちゃの注射器を使って、犬のジェームズ君に注射をしてあげるのでした。
次に青葉さんが、やさしく「次は蓮くんの番だよ」と笑顔でうながすと・・・、少し嫌がる蓮くんでしたが、自分の足で真心先生が待つ採血室へ向かい、大騒ぎすることなく採血検査をすることができたのでした。
場面は、父・吾郎先生のセンター長室。吾郎先生がコーヒーを飲んでいると、誰かが扉をノックする音が。
吾郎先生の長男であり小児外科医である英樹先生が、地方会の座長をすること、地方会のプログラムを持参して報告しに来たのでした。
去り際にふと立ち止まる英樹先生、突然「なぜ父さんはチャイルド・ライフ・スペシャリストの資格を取ろうと思ったんですか」と父に質問をします。
「この病院を始めるのに、私は子どもの扱いが分からないことに気が付いた。ヒデや真心ちゃんにも父親らしいことができなかった。それで勉強のために資格を取ろうと思ったんです」と父・吾郎先生。
すると英樹先生「それで償ってるつもりなんですか?」 突然、部屋の空気が重くなります。
「この病院にチャイルド・ライフ・スペシャリストはいりません。経費の無駄です。父さんがやろうとしているのは、かつてお袋が作ろうとしていた小児科そのものじゃないですか。その小児科を潰したのはアナタだ」
激高するでもなく、肩を震わせるでもなく、あくまでも淡々と話す英樹先生。話し終えた後も真っすぐに父・吾郎を見据え、失礼しますと部屋を出るのでした。
東元俊哉「プラタナスの実~小児科医療チャンネル~」第36・37話より
真心先生と朋美ちゃんのピアノ連弾のエピソードを読み、リアルワールドの話ですが、私も演奏者として参加していた院内コンサートのことを思い出しました。
今はコロナ禍で、院内コンサートは中断されていますが、以前はそれこそ1-2カ月に1回は小児科内のプレイルームに集まって、小児科医で楽器演奏ができる人達と、小児科の入院患者さんで一緒に演奏したり、合唱したりするイベントをやっていました。
誕生日のお子さんがいればハッピーバースディを歌ってみたり、流行の曲をやってみたりと、とても楽しい思い出です。
今でも、外来で昔やった演奏会のことを覚えていてお話してくれるお母さんやお子さんもいます。
辛い入院生活の記憶に、辛いだけじゃなくて少しは楽しいこともあったよね、という思い出を残したい、という気持ちでやっていたのですが、実は演奏している方もとても楽しいんですよね。楽器演奏を複数人で合わせてやるのって本当に楽しいんです。
専門外来が始まる30分前にバーッと準備して、ガーッとギター弾いて、終わったら「わーもう外来始まるー」という感じでバタバタと撤収・・・みたいな感じで、すごく慌ただしいんですけどね。ちなみに、演奏はへたっぴです(笑)
話はプラタナスの実に戻りますが、、、心温まるエピソードの後での、英樹先生の心の闇が漏れ出てくるシーンは強烈でしたね。。
やはり私が予想した通り、”復讐”の相手は、自分の父親である吾郎先生なのだろうと思います。
父・吾郎先生は、かつて病院長をしていたとき、病院経営上の利益がでない妻の小児科を潰した過去がありました。
おそらくこの出来事が鈴懸家の分裂につながっていて、英樹先生としてはその原因を作った父親を強く恨んでいるのかもしれません。
心を入れ替えて、かつて母が作ろうとしていた小児科を復活させようとをしている父・吾郎先生の姿が、英樹先生には我慢ならないのかもしれませんね。
今回は、病気のお話はあまり出てきませんでしたが、英樹先生が言い放った「チャイルド・ライフ・スペシャリストは経費の無駄」発言を深掘りしてみようと思います。なぜ、英樹先生はこんな発言をしたのでしょうか。
チャイルド・ライフ・スペシャリストってどんな職業?
病院でお子さんが受ける体験は、怖い・痛い体験が多いですし、年齢によっては恥ずかしい体験となることもあります。さらに病気の状態によっては、これらの体験を、本人の了解を得ないまま行わざるを得ないこともあります。
これら非日常的な医療体験は、我々大人にとっては説明を受ければ必要なことは理解できますし我慢も出来ますが、お子さんにとってはどうでしょうか。
大人と違い、理解力・認知力がまだ未熟なお子さんは、そういった医療体験を大人とは違うとらえ方で感じ・理解し、精神的にとても不安定になることがあります。
例えば採血一つにしても、安静にできない年齢のお子さんは暴れてしまうと危ないため、タオルでくるくる体をまいた上で、上から看護師さんが押さえつけて医師が採血するというスタイルが、一般的な小児科での採血方法として行われています。
お子さんにとっては、お母さん・お父さんがいない場所に連れていかれ、必要性も分からず、どんな処置をされるか理解できず、突然体の自由を奪われ、痛いことをされる…、書いているだけでトラウマ体験になりそうです。
チャイルド・ライフ・スペシャリストは、お子さんの発達の特徴やストレスに対する反応の専門的知識を持ち、こういった医療体験をうけるお子さんに、理解力に合わせて噛みくだいて伝えたり・不安を取り除く関わりをすることで、お子さんやその家族が医療体験を主体的に乗り越えられるように支援する専門職です。
例えば、今回のプラタナスの実のお話で、チャイルド・ライフ・スペシャリストの青葉さんが、検査前の患者さんと注射ごっこをして遊んでくれていましたが、これは心の準備サポート=プレパレーションといって、チャイルド・ライフ・スペシャリストの代表的な業務の一つです。
このプレパレーションというのは、実際の医療資材や人形、写真などを用いた会話・遊びの中で、お子さんの疑問や質問に答え、お子さんの不安や恐怖心を受け止めながら、その子なりに検査・処置について理解することをうながし、お子さんが前向きに主体的に医療体験に臨めるように支援することを言います。
その他にも、色々とチャイルド・ライフ・スペシャリストの人達が行う業務はたくさんあり、私としてはお子さん中心の医療を考えた時には、是非いて欲しい職種だと思います。
実は、私が勤務している病院にもかつてチャイルド・ライフ・スペシャリストの方が在籍していた時期がありました。採血の時などにお子さんに付き添ってもらい色々と関わってもらいましたが、検査が非常にやりやすく成功率が高くなりました。なによりお子さんが大泣きすることが少なかった記憶があります。
しかしいつの間にかそのチャイルド・ライフ・スペシャリストの方は当院を離れることになり、今は当院には在籍されている方は一人もいません。
調べてみると、日本でチャイルド・ライフ・スペシャリストの方が勤務している病院はなんとたった36施設・50人のみ!!(2021年10月現在)めちゃくちゃ希少な職種なんですね。
チャイルド・ライフ・スペシャリストは経費の無駄!?
チャイルド・ライフ・スペシャリストは、業務内容を聞くと小児医療に必須だなぁと感じますし、魅力もある職種なのに、なぜこれほどまでに人数が少ないのでしょうか。そしてなぜ英樹先生に「チャイルド・ライフ・スペシャリストは、経費の無駄だ!」などと暴言を吐かれてしまったのでしょうか・・・。
その理由の一つには、日本の小児医療におけるチャイルド・ライフ・スペシャリストの位置づけが不安定ということです。
チャイルド・ライフ・スペシャリストに少し似た職業に「保育士」があります。
保育士さんは、入院中のお子さんと遊びを通じて関わってくれたり、食事の介助を含めた生活のサポートをしてくれる方で、こちらは全国多くの病院の小児科にたくさんの方が勤務しています。
チャイルド・ライフ・スペシャリストとの扱いで何が違うかと言うと、診療報酬体系に組み込まれているか否か、ということに尽きます。
いわゆる保険診療の仕組みの話になるのですが、保険診療というのは、国が決めた基準に合わせて行われた医療行為に対して、決まったお金を国が税金から払いますよ、というものです。一般的な病院は、この保険診療で収入を得て、運営されています。
「〇〇の医療行為には◇◇点あげますよ」というものが、色々な医療行為に対して一つ一つ細かーく健康保険法という法律で定められた診療報酬点数で決まっています。
※ちなみに1点=10円です。
この診療報酬で「保育士さんを雇用して決められた基準を満たすプレイルーム(小児科内でお子さんが遊ぶ空間)がある病院には、入院管理料に加算しますよ」という決まりが明記されているんですね。
つまり、病院としては保育士さんを雇用することで、入院費を高くできるので、収入がアップするという仕組みがあるということです。
病院経営としては、保育士さんを雇用することで払わなければいけないお給料が発生しますが、入院費が高くなることで得られる収入アップというメリットがあるわけです。
逆に、チャイルド・ライフ・スペシャリストに関しては現状こういった診療報酬に関わる記載がありません。
病院側としてはチャイルド・ライフ・スペシャリストを雇うことで、もちろん入院しているお子さん・ご家族のメリットになることはわかっていても、収入には直結しないんですよね。
おそらく英樹先生が言った「チャイルド・ライフ・スペシャリストは経費の無駄」というのはここに起因しているのだろうと思います。病院経営優先の思考・・・英樹先生の考え方は、過去の父・吾郎先生とよく似ているようです。
チャイルド・ライフ・スペシャリストは北米から始まった専門職なのですが、北米では、雇用の経済的基盤が、基金や補助金、寄付金によるものだそうで、日本とはだいぶ様相が異なります。
そして二つ目の理由は、チャイルド・ライフ・スペシャリストを養成する教育機関が日本にないことです。
これもその根本的な理由には、診療報酬体系にチャイルド・ライフ・スペシャリストが組み込まれていないことが背景にあるのだろうと思いますが、いずれにせよ日本でチャイルド・ライフ・スペシャリストの専門教育が受けられません。
つまり今現在日本で働いている50名のチャイルド・ライフ・スペシャリストの方々は、皆さん海外の大学・大学院で専門的な教育を受け、認定試験を突破してきた、非常に優秀な人材だということです。凄いですね。
プラタナスの実でも、チャイルド・ライフ・スペシャリストの青葉さんと、その研修をしていた吾郎先生が出会ったのは、アメリカで行われたチャイルド・ライフ・スペシャリストの認定試験の日でした。二人ともアメリカで専門教育を受けていたんですね。
でもこの敷居の高さは、やはり日本でチャイルド・ライフ・スペシャリストの人数が増えない理由の一つでしょうし、日本での認知度が上がりにくい理由にもなっていると思います。
プラタナスの実で、チャイルド・ライフ・スペシャリストの認知度が上がってくれるといいのですが・・・。
最後に
過去の過ちを悔い、償いの気持ちを持ちながら新しい小児科を作ろうとする父・吾郎先生の行動が、兄・英樹先生にはどうしても我慢がならないようです。
兄・英樹先生の復讐とは、父・吾郎先生の作るような小児科の理念をぶっ壊すようなことなのでしょうか。
でも、英樹先生は、骨髄性白血病の朋美ちゃんの命を救ったように、医療に関して不器用なくらい真っすぐな部分のある先生ですし、、今後ドロドロの展開にならないといいのですが・・・。
そしてチャイルド・ライフ・スペシャリスト。日本での診療報酬体系への組み込みがされて欲しいです。それが実現すれば、日本でもチャイルド・ライフ・スペシャリストが活躍できる場が広がり、小児医療がよりお子さんに優しくなるのではないでしょうか。
この漫画をきっかけに、そういう動きが進んでくれればうれしいです。
追記
プラタナスの実 1巻・2巻・3巻が発売になりました。小児科医療のリアルな現場を切り取った漫画だと思います。
色々な方が手に取って頂けたら嬉しいです。