こんにちは、Dr.アシュアです。
今回は2020/10/5から週刊スピリッツで連載されているマンガ「プラタナスの実」の第34・35話を、現役小児科医が考察・解説してみたいと思います。
「プラタナスの実」はドラマ化もされ人気を博した「テセウスの船」の原作者、東元俊哉先生の新連載の漫画で、小児科医療をテーマとして描かれている漫画です。
漫画の情報については公式HPをご覧ください。
原作者の東元先生にも企画についてご許可頂いておりまして「プラタナスの実 考察・解説ブログ~非公式だけど公認~」ということで、がんばって考察・解説していきます。
第1~3集も発売され好評のようです!
前回のお話では、急性骨髄性白血病の闘病中の天才ピアニスト朋美ちゃん=”ともりん”が起こしている合併症「好中球減少性腸炎」の手術がついに行われました。
はじめは抗菌薬で保存的に治療を進めていた朋美ちゃんでしたが、微熱や腹痛と言った症状が完治せず、最終的に手術治療に踏み切ったという流れでしたね。執刀医は、主人公の兄の鈴懸英樹先生、小児外科医です。
手術が終わった後の英樹先生の険しい表情が印象的な第33話の最後のシーンでしたね。
手術の結果はいかに!?
それでは、見ていきましょう。
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目次
第34・35話のあらすじとDr.アシュア的に気になったことについて
険しい表情で手術室から出てきた英樹先生、家族と主人公の真心先生に「手術は成功したが、当初の診断よりも状態が悪く腸の壊死が広がっていた」と、話すのでした。保存的治療をそのまま続けていたら、朋美ちゃんの救命率は極めて厳しいものになっていただろうとのこと。手術の説明をしようと家族を案内し去っていく英樹先生・・・呆然と立ち尽くす真心先生は、その姿をただ見つめるだけでした。
場面は朋美ちゃんの病室に。麻酔から覚めた朋美ちゃんに手術について説明している英樹先生。
「病院を勝手に抜け出すようなことは止めてくださいね、命より大切なものはありませんから」と話す英樹先生に、朋美ちゃんは「毎日チューブにつながれて、痛くて、無様で、情けなくて・・・命に代えてでも楽になりたいときがある。命より大切なものはないなんて、それは窓の外にいる人だから言えるのよ」と静かに、しかし強い言葉で反論するのでした。
その後また場面が変わり、チャイルドスペシャリスト青葉さんが英樹先生に、朋美ちゃんの手術についてお礼を言っているようです。英樹先生は、話の流れから青葉さんが今の病院に来るきっかけになった出来事「父・吾郎先生がチャイルドスペシャリストの試験に不合格したときの事実」を知ります。
吾郎先生は試験に向かうバスの中で、”肥厚性幽門狭窄症”の子どもに出会い、病院に連れ添ったため、試験開始に間に合わず不合格になってしまったとのこと。英樹先生はただ、試験に落ちただけ、と聞いていたようです。
父の病院に戻ってきたのは親子の絆からかと尋ねる青葉さんに、なぜか英樹先生は硬い表情になり突然こう言い放ったのです。
「あんたは何にも分かってないな。復讐しに来たんだよ俺は。」
場面は夜のカンファレンス室。暗い部屋で立ち尽くす真心先生、保存的治療を進めていたら患者の命が危険だった…。自分の判断が間違えていたことが分かり、相当落ち込んでいる様。それを見かけた父・吾郎先生が声をかけます。
「もしかしたら自分が朋美ちゃんを治したいだけなのかもしれないなって。その考え方が間違えていた気がします」と話す真心先生に父・吾郎先生はこう言います。
「病気を治すのは医師ではありません。患者さん自身です。医師はただサポートするだけ。」
飴ちゃん食べる?と差し出す父・吾郎先生と、素直に受け取る真心先生。真心先生の顔の陰りは消えているのでした。
場面は、電車の車内に転換。窓際の席に一人座っている英樹先生、電車で移動中のようです。
(センター長は病気の子ども病院に連れていき、試験の開始時間には間に合わなかったんです)
どうやら昼間に青葉さんから聞いた父・吾郎先生のエピソードを思い出しているようですが、、、英樹先生、ぽつりとつぶやきます。
「・・・くだらない。」
東元俊哉「プラタナスの実~小児科医療チャンネル~」第34・35話より
ひとまず朋美ちゃんの手術が上手くいって良かったですね~~~。
でも腸の病変が思っていた以上に広がっており、腸管切除もそれなりに行った様子。
結果的には英樹先生の手術すべきだという意見は正しく、真心先生の保存的治療で大丈夫というのは間違っていたという判断が下されました。
こう言う時、小児科医としては辛い!ぐうの音もでないというか、もうペコリするしかないというか。。
もし自分の判断で進んでいったら患者さんを亡くしていたかもしれないわけですし…。
もし自分が真心先生の立場なら、多分小児外科の先生に「自分の判断が間違っていました。ありがとうございました」と素直に謝ってしまうだろうと思います。
そして、英樹先生、かなり物騒なことをしゃべっていましたね。復讐するために北広島市小児総合医療センターに帰ってきたとのこと。
何の復讐…?誰に復讐…? 新しい謎が出現しました。
朋美ちゃんの言葉には、医者として心がざわつくものがありました。「命に代えてでも楽になりたいときがある」
自分の専門の内分泌領域で話すと、脳腫瘍のお子さんの診療をしているときのことを思い出しますね。
抗がん剤治療の副作用で辛い時期のお子さんを見たり、病状が悪化して亡くなっていく患者さんも経験するので、本当に色んなことを考えたり感じたりします。
本人はもう治療はしたくないと思っている一方で、親はやはりどうしても諦めきれなくて民間療法に走ったり…。そういった時、小児科医としてどういう言葉をかけたらいいのか・・・いつもきれいに答えがでるばかりではないので、迷いながら診療をしています。
朋美ちゃんくらいの年齢なら、どんなことを考えているのか言語化してくれますが、もっと小さい乳幼児の年齢の患者さんになると自分の気持ちをうまく表現できないため、余計小児科医は色々考えてしまいますね。
長く小児科医をしていると両親によりそいすぎて、患者さん本人の気持ちそっちのけで治療を進めてしまうことがあるので、自分はいつも自戒の念を込めて「子どもの意見の代弁者」たる小児科医の本分を忘れないようにしたいと思っています。
今回は、お話に出てきた”肥厚性幽門狭窄症”について簡単に解説し、英樹先生の復讐について少し考察してみたいと思います。
肥厚性幽門狭窄症とはどういう病気??どんなお子さんにリスクがあるのか
肥厚性幽門狭窄症は、小児科医も小児外科医も関わる、子どもとくに新生児・早期乳児に起こる胃の病気です。
胃の出口の所を幽門「ゆうもん」と言いますが、そこの筋肉が肥大して通りが悪くなり、嘔吐するようになる病気です。
飲んだミルクを食後すぐに噴水状に嘔吐することや、嘔吐した後ケロッとしてすぐにまた飲もうとすると言った症状が特徴です。徐々に症状が進行してきて最終的には飲めなくなってしまうので、放置していると赤ちゃんは体重増加不良・脱水に陥ります。
こう書くと、新人ママさんはちょっとした嘔吐でも心配になるかもしれませんが、「いつ乳」というちょっと口から垂れてくるようなミルクの嘔吐は生後6か月くらいまでは良くあります。しかし、肥厚性幽門狭窄症のように、まるで噴水のように嘔吐するようなことはめったにないはずです。私の経験した症例だと、お母さんが「まるでマーライオンのように吐いた」と言っていたのが衝撃的でよく覚えています。
男児の方が多く(男:女=4:1~6:1くらい)、早産児に多い病気です。30-40%が第一子というのも特徴的で、第一子の場合リスクは1.5倍とされます。症状は通常3-5週で始まって、生後3か月以降には発症することは極めてまれです。
典型的な症状と血液検査から疑い、腹部に肥厚した幽門の筋肉を触れるかで診断します。最近はほとんどが超音波検査などの画像検査にて幽門の肥大の程度を評価して診断します。
今回のお話で、父・吾郎先生が過去の回想で診断をつけていた時も、話を聞いて(病歴聴取)、お腹を触って(幽門を触れた)、肥厚性幽門狭窄症を疑ったようですね。マンガで出てきた赤ちゃんは舞台が海外だったのもあり黒人の乳児で、男の子かどうかはわかりませんでした。
内科的治療でも改善は見込めますが、手術治療が必要になることも多い病気です。
いくつかこの病気の発症のリスクとなりうる事柄が分かっています。
肥厚性幽門狭窄症のリスク要因
・妊娠中の母の喫煙でリスクが上昇 J Pediatr Surg. 2014 Aug;49(8):1226-31.
・母乳保育より、哺乳瓶保育の方がリスクが高い J Pediatr Surg. 2017;52(9):1389.
・双胎や兄弟で多いことから、遺伝的なリスクもある JAMA. 2010;303(23):2393.
・マクロライド系抗菌薬の中でアジスロマイシン、エリスロマイシンを生後2週間未満の児に与えるとリスクが上がる Pediatrics. 2015 Mar;135(3):483-8. 、Eur J Pediatr. 2019;178(3):301. Epub 2018 Nov 23.
私もが以前診療した時は、少し特別な調整を行った点滴を用いて脱水の治療を行い、手術すべきか小児外科の先生と相談しながら診療を行いました。内科的治療だけで上手くいったこともあるし、手術に至ったお子さんもいましたね。
この病気自体は特徴的な病歴と超音波でスムーズに診断がつきますし、治療も外科治療が必要になったりはあるもののほとんど問題なく元気になるので、それほど怖い病気という事はありません。
しかし当たり前ですが、この病気の患者さんは、「肥厚性幽門狭窄症でーす」といって受診するわけではないんですよね。
はじめは「新生児~早期乳児の嘔吐」という訴えで病院に受診するわけです。
小児科医としては、この「新生児期~早期乳児の嘔吐」は、かなり怖い訴えです。経験がある小児科医なら、一度や二度はこの症状で怖い思いをしています。
どうしても月齢が若いために先天的な腸の奇形による病気や、頭の病気(脳出血など)など怖い病気を想像したりと、鑑別診断を広く考えて色んな可能性を残しておかないと足をすくわれることがあります。自分の専門領域でいうと副腎不全を起こす類の病気が頭をよぎったりしますね。
・・・やっぱり色々考えてしまいますね~。
英樹先生の衝撃のセリフ「俺は復讐するためにこの病院に来た」
チャイルドスペシャリスト青葉さんから「先生がこの病院に戻ってきたのはお父さんからお話があったからですか??」と尋ねられ、
英樹先生「あんた何も分かってないな・・・。復讐しに来たんだよおれは。」って。
中二病か、サイコパスか、両方かって感じの鑑別診断ですよ・・・( ゚Д゚)
前話の所でも、朋美ちゃんを助けたい・患者さんを救いたいという気持ちに関して、英樹先生に嘘を言っている様子はなさそうでした。
真心先生とスタンスは違うにしても医療に誠実に向き合っている姿は少し冷たくもプロフェッショナルでかっこよかったのですが・・・。
時折鋭い顔になりますよね、英樹先生。「復讐」って何なんでしょうか。
また鈴懸家の因縁に関わる謎が一つ増えました。
英樹先生が北広島市小児総合医療センターに戻ってきたのは、父・吾郎先生からの参集の願いがあったからと思っていたのですが、どうやら英樹先生だけが抱えている思惑がありそうです。
「復讐」ですから、過去になんらかの被害を英樹先生が受けていて、その被害を与えた人物に対して加害を行う、という事なのでしょう。
鈴懸家の両親の離婚の後、英樹先生は大病院の跡取りの名目もあり父・吾郎先生に引き取られ育てられたという記述がありましたが、結局その大病院は父自らの手によって売却されてしまいます。もしかして英樹先生の復讐はこのあたりに鍵があるのかもしれませんね。
もしかすると復讐の刃の矛先は、自らの父・吾郎先生??
謎が深まりますね。。。
最後に
急性骨髄性白血病の朋美ちゃんの好中球減少性腸炎。英樹先生の先見の明と手術の手腕によって回復に向かっていきそうです。おそらく朋美ちゃんのお話はここで一区切りなのでしょうかね~~。
第35話の最後に「次話、英樹が動く―」なんてあおりがありましたから、次号以降は英樹先生が話の中心になっていくのでしょうか。
一安心で一区切りかと思いきや、復讐という穏やかでない言葉も飛び出し、またこの先が楽しみですね。
追記
プラタナスの実 1巻・2巻・3巻が発売になりました。小児科医療のリアルな現場を切り取った漫画だと思います。
色々な方が手に取って頂けたら嬉しいです。