漫画「プラタナスの実」考察・解説

「プラタナスの実」第30・31話を小児科医が解説!”患者を助けることで自分が救われる”

こんにちは、Dr.アシュアです。

今回は2020/10/5から週刊スピリッツで連載されているマンガ「プラタナスの実」の第30・31話を、現役小児科医が考察・解説してみたいと思います。

「プラタナスの実」はドラマ化もされ人気を博した「テセウスの船」の原作者、東元俊哉先生の新連載の漫画で、小児科医療をテーマとして描かれている漫画です。

漫画の情報については公式HPをご覧ください。

東元俊哉「プラタナスの実~小児科医療チャンネル~」

原作者の東元先生にも企画についてご許可頂いておりまして「プラタナスの実 考察・解説ブログ~非公式だけど公認~」ということで、がんばって考察・解説していきます。

第1~3集も発売され好評のようです!

 

前回のお話では、急性骨髄性白血病の闘病中の天才ピアニスト”ともりん”が起こしてしまった合併症「好中球減少性腸炎」の治療方針について、主人公鈴懸真心先生(小児科医)と兄の鈴懸英樹先生(小児外科医)の方針がまたしても一致せず、抗菌薬で保存的に見ようとする真心先生と手術の時期を逃してはいけないという英樹先生の主張がぶつかる形に。

2人とも過去に同じ病気のお子さんの診療をした経験があるようでしたが…真心先生の患者さんは抗菌薬で救命できたとのことでしたが、英樹先生の患者さんは手術が手遅れになり亡くなってしまったとのことでした。。。

”ともりん”こと木田朋美ちゃんの病状も、抗がん剤の影響で好中球減少の状態なら、ずっと予断を許さない状況のはずです。

このまま抗菌薬で治療を続けていてよいのか・・・?しかし手術するにもリスクが伴うが・・・。

それでは、見ていきましょう。

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第30・31話のあらすじとDr.アシュア的に気になったことについて

場面は朋美ちゃんの病室。どうやら血液検査で彼女の好中球の数が上昇し、朋美ちゃん自身も食欲が回復したようです。しかし、真心先生が診察してみるとまだ朋美ちゃんの腹痛は消えておらず、真心先生はCT検査を再度行うことを決めました。

朋美ちゃんの治療方針を相談するカンファレンスが開かれ、真心先生は血液検査、CT検査の結果をプレゼンします。好中球減少は回復し、CT画像での腸炎の様子もやや改善…。真心先生はこのまま抗菌薬治療を継続するべきだと皆に勧めます。

…しかし、英樹先生は「CT画像の腸炎の所見は消えていない。抗菌薬継続では悪化する可能性がある。手術するべきだ、それも今すぐに」と言い放ちます。

真心先生は反論します。「今手術なんかしたら、次の化学療法の開始が遅れてしまう。」と。

「だから最悪の事態を想定しろと言ってるんだ!」英樹先生は返します。

「炎症反応がくすぶっている状態で放置して消化管穿孔でも起こしたら…。腹膜炎からショックを起こし患者の命に関わる。好中球が回復した今しか、安全に手術できるタイミングはないんだ!」

 

カンファレンスの後、病室で真心先生が朋美ちゃんに話しています。「手術になるかもしれない。君はどう思う?」

朋美ちゃんは言います。「医療のことなんてわからないもん、治療方針も・・・真心先生を信じる」

 

病室から出てきた真心先生を呼び止めた英樹先生は、朋美ちゃんが真心先生に従うと言ったことを知ります。

真心先生が手術に反対の立場だと分かっている英樹先生は、去ろうとする真心先生を呼び止め、説得を試みます。

「お前は彼女を死んだお袋と被らせてるんじゃないのか?保存的治療が正しいと思っている訳じゃなくて、切らずに助けたいだけなんだろう」

真心先生は言います「手術になる可能性も考えているけどまだ余地がある。あんたこそ、どうしてそんなに彼女を切りたいの?」

 

「お前と同じだ」そういう英樹先生に、真心先生は、はっとした表情をみせます。

 

「患者が望んでるのは、手術か保存的治療かではない、白血病を治して退院することだ。違うか?」英樹先生はそう続けます。

真心先生は、朋美ちゃんが手術以外にも戦っていることがある(恋愛のことでしょう)から負担をかけたくないと話しますが、英樹先生は命より大事なものはないと譲りません。真心先生は、カルテやデータしか見ない小児外科医には患者は任せられないと反論し、、英樹先生は俺は小児外科医だ、生身の体を切らなきゃわからないことがあると返し…、、、結局二人の主張は交わらないままなのでした。。

 

そして夜…、朋美ちゃんの両親への病状説明を終えたセンター長・吾郎先生は、真心先生を散歩に誘います。

「両親も我々の判断に任せるということだった。結局結果論でしか語れないが、色々なリスクを考えると手術が良いと思う」

そう話す吾郎先生は、真心先生に、英樹先生が以前同じ病気の患者を亡くしている事実を伝え、こう話すのでした。

「ヒデ(英樹)は前に、患者を助けることで医者も救われる、と言っていました。。。彼は、自分が救われたいのでしょう」

”手術に踏み切る、執刀医は英樹先生に任せる”という吾郎先生に、真心先生は「・・・わかりました」と答えるのでした。

東元俊哉「プラタナスの実~小児科医療チャンネル~」第30・31話より

前回までの状況では、どちらかというと手術の方がリスクだよねという状況だったのですが、今回のお話で状況がかわり風向きが変わってきました。

そして、ずーっと交わらなかった主人公真心先生と、兄・英樹先生の主張が、ある一点だけ交わりましたね!

「お前と同じだ」

・・・ここに集約されるな~~~。

性格や主義が違う2人の医師が、患者の病気を治したいというただ一点、だがその一点で強固に繋がった瞬間、が確かにありましたね。

そのあとまた小競り合いしてましたが(笑)

 

あと、英樹先生が言っていた「生身の体を切らなきゃ分からないことがある」というセリフは、小児科医的には心にグサっときましたね~。

普通の小児科医やってたら、生身の体を切る経験は絶対得られませんからね。コンプレックス直撃(笑)

 

今回のブログでは、、、どうして今回外科手術が選択される流れになったのかを一度整理します。

また、Dr.アシュア的には、手術の方針を勧める小児外科医・英樹先生ってやっぱりかなり変わってる!と感じたので、その辺りを理由も含めて書いてみたいと思います。

 

抗菌薬治療より、手術を選ぶことになった経緯について整理する

第29話までの朋美ちゃんの状況は以下のような感じでした。

第29話までの朋美ちゃんの状況

・急性骨髄性白血病の治療中に、抗がん剤の副作用で好中球減少症を起こしていた

・発熱、腹痛、下痢→好中球減少性腸炎と診断され、抗菌薬治療を行っていた

こういった状況を受けて、前回までの話では、”ちょっと好中球減少の状況での手術はリスクが高すぎるから、抗菌薬治療を行いつつ改善してくれるのを神頼みしよう”という状況だったわけです。

 

そして今回第30・31話での状況はこのように変わりました。

第30・31話での朋美ちゃんの状況

・好中球数が改善してきた

・腹部造影CTで、腸炎の所見は改善しているものの”虫垂の壁肥厚”は残っている

・食欲はあるものの、微熱、下痢があり、腹部の圧痛は残っている

虫垂はいわゆる盲腸ですね。腸管は感染や虚血などでダメージを受けたり炎症を起こすと浮腫をおこして腸の壁がむくみます。これを”腸が腫大している”とか、”腸管壁肥厚”というように表現します。

超音波やCTなどの断層写真で評価すると、この壁肥厚がわかったりします。

腸のどこに炎症が起きているのかを詳しく調べるために、造影剤を使って造影CTを取ることもあります。手術を検討しているケースでは、どこに炎症が起きているのか=どこを手術すればいいのかにつながるため、今回のケースでは”造影CTはほぼ必須の検査”と言ってよいでしょう。

造影剤を流すと、炎症を起こした場所にはより血液がたくさん流れる(=造影剤がたくさん停滞する)ため、炎症を起こしている腸管はそうではない普通の腸管よりもより白く画像のコントラストが付いて見えます。

 

話が少しずれましたが…

朋美ちゃんの状況として、好中球減少症が治ってきたが、まだ腸の炎症所見は残っている状態というのがポイントですね。

そこで

・真心先生→抗菌薬が効いているんだからこのまま押せ押せでいいじゃない

・英樹先生→いやいや、もし腸が破れでもしたら一貫の終わりだから、好中球が回復した今の隙に手術したほうがいいにきまっとる

という論争なわけです。

 

抗菌薬が効いているのは確かだけど、朋美ちゃんの「腹痛が消えていない」ことがやっぱり心配ですね。

患者さんの痛い・苦しいが続いていること、は医者的には漫然と様子見ない方がいいランキングの上位にくる状況で、Dr.アシュアも痛い経験をしたことがあります。

腹痛が消えていないから連想される恐ろしいストーリー

腹痛が消えていない

⇒腸の炎症が収まっていない

⇒腸の壁がグズグズになって腸管が破ける消化管穿孔(しょうかかんせんこう)が起こる

⇒腸の内容物(便をふくめた様々な細菌の塊)がお腹のなかにばらまかれる

⇒お腹の中一杯に細菌がばらまかれ、汎発性腹膜炎になる

⇒全身状態が悪化してショックとなり死亡に至る

書いていて、冷や汗をかくような恐ろしい状況です・・・。

普通はこんな風にどんどん状態が悪化することはないですが、そこは抗がん剤治療中で免疫能が弱っている朋美ちゃん。

上のような状況がいつ起こるか分からないというのは、現場の小児科医である自分も良く分かります。

 

悪くなる前に、手術で炎症の場所を取り除いてしまえば、良くなるだろう。好中球が回復している今しか安全に手術できるタイミングはない。というのは「確かに・・・」とうなずける論理ですね。

 

手術を勧める鈴懸英樹先生は、相当変わりモノ!?違和感を感じる…

今回朋美ちゃんの難しい局面のなか、小児外科医・鈴懸英樹先生は「今しか手術するタイミングはない!」と強く手術を勧めていました。

上で書いたように、確かに朋美ちゃんの状況を考えるに、もし手術するとしたら今しかない、というのは良く分かります。

 

ただ、手術に関しても炎症を起こしている腸を切除すれば万事OKとはいきません。普通の免疫力がない朋美ちゃんの現状で、切ってつないだ腸管がしっかりくっつかない(=縫合不全)ということも想定されます。縫合不全が起こったらどうなるかというと…

縫合不全から始まる恐ろしいストーリー

切ってつないだ腸管がしっかりくっつかない

⇒腸の壁がグズグズになって腸管が破ける消化管穿孔(しょうかかんせんこう)が起こる

⇒腸の内容物(便をふくめた様々な細菌の塊)がお腹のなかにばらまかれる

⇒お腹の中一杯に細菌がばらまかれ、汎発性腹膜炎になる

⇒全身状態が悪化してショックとなり死亡に至る

…上で書いたのと一緒やん・・・(泣)

縫合不全は、結局人工的に消化管穿孔を作ったような状況になるわけなので、やはり腸炎がくすぶって悪化した時と同様に危険な状態になることが想定されます。

 

すごく危ない言い方をすれば、、、今後の経過が悪いことを想定した場合

・さらに手を入れない(=抗菌薬治療を継続するだけ)けど、朋美ちゃんの状況が悪化する

・さらに手を入れたのに(=抗菌薬治療から手術に切り替える)、朋美ちゃんの状況が悪化する

のどちらかになるわけです。

 

小児外科医の英樹先生からしたら、自分が手術をして朋美ちゃんの状況が悪化してしまったら責任は自分自身に降りかかってくるはずです。

家族からしても、落ち着いていたのだからわざわざ手術しなくても良かったとなりそうですし、下手すれば訴訟の可能性も・・・。

もちろん手術の方針にするにしても、縫合不全の可能性も含めて入念に家族・ご本人に病状説明した上で、皆で方針を決めていくわけですが、、、いずれにせよ、英樹先生は自分で自分のリスクを取りに行く決断をしているわけです。

 

しかも、今回の朋美ちゃんの縫合不全のリスクに関して言えば、おそらく手術が上手いとか下手とかは関係なくて、朋美ちゃん自身の免疫能や栄養状態によって左右されると思われるため、好中球が回復してきているとしてもやはり縫合不全のリスクは低くはないと感じます。

そんな状況で、自分でリスクをかぶりにいくようなことをする小児外科医の英樹先生は、常識的な感覚から言えばちょっとまともではないように感じました。

そもそも英樹先生は「余計なリスクは負わない」性格だったはず・・・。

 

どう考えても英樹先生の行動は、英樹先生自身の論理に合いません。

その理由は、、、、父・吾郎先生が言っていたことに帰結するんでしょう。

昔同じような経過の好中球減少性腸炎のお子さんの治療で、保存的治療で経過を見ていたら腸炎の悪化により消化管穿孔が起こり、英樹先生が手術をした時には時すでに遅く…、患者さんは亡くなってしまった。

英樹先生の中で、過去の患者さんのことがトラウマになっていて、今回知らず知らずのうちに朋美ちゃんの姿に亡くした過去の自分の患者を重ねていたのではないでしょうか。

真心先生に「朋美ちゃんに母親の姿を重ねていて冷静な判断を下せていないのではないか」と指摘していたあたり、英樹先生自身も、まさに自分自身もそうであったという事実には、気付いてなさそうですね。

 

いや、もしかすると、

英樹先生の「お前と同じだ」というセリフには、

・患者の病気を治して退院させてあげたいという気持ちが、真心先生と自分(英樹先生)が同じ。

という意味だけではなくて

・真心先生が母親の姿を朋美ちゃんに投影しているように、自分(英樹先生)も同じく過去の自分の患者のことを投影してしまっている。自戒の意味も込めて冷静な判断をする必要がある。

という意味も込められていたのかもしれません。

 

英樹先生が真心先生に話しているように見えて、同時に自分自身に自らを顧みるように促すようなセリフだったのかもしれませんね。

真心先生と英樹先生は似ていないようで、やはり兄弟・・・ということなのかな?

 

最後に

急性骨髄性白血病のともりんこと、朋美ちゃんの好中球減少性腸炎。ついに手術療法に踏み切る流れになりました。

彼女の運命は、真心先生から英樹先生に託されることに。

 

こういうとき、小児科医ってできることが少なくて、本当に嫌になります。もう祈るしかないというか。

できることと言えば、術後の状況をよく観察して何か悪い徴候がでたら、すぐに介入。必要があれば小児外科医の助けを得られるように早く動くくらいのものです。

最後に祈っておきましょう。

「オペ、上手くいってくれ~」

 

追記

プラタナスの実 1巻・2巻・3巻が発売になりました。小児科医療のリアルな現場を切り取った漫画だと思います。

色々な方が手に取って頂けたら嬉しいですね。

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