こんにちは、Dr.アシュアです。
今回は2020/10/5から週刊スピリッツで連載されているマンガ「プラタナスの実」の第18・19話を、現役小児科医が考察・解説してみたいと思います。
「プラタナスの実」はドラマ化もされ人気を博した「テセウスの船」の原作者、東元俊哉先生の新連載の漫画で、小児科医療をテーマとして描かれている漫画です。
漫画の情報については公式HPをご覧ください。
原作者の東元先生にも企画についてご許可頂いておりまして「プラタナスの実 考察・解説ブログ~非公式だけど公認~」ということで、がんばって考察・解説していきます。
第1~2集も発売され好評のようです!
前回は、久々に急性骨髄性白血病のピアニスト「トモリン」がお父さんと和解し、ついに主人公鈴懸真心先生の兄、鈴懸英樹先生が登場しましたね。英樹先生は、海外で色々な医療現場を経験して、父親鈴懸吾郎先生の呼びかけに応じて帰国したようです。
ですが、真心先生は英樹先生に良い感情を持っていない様子ですね。
それでは、見ていきましょう。
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目次
第18・19話のあらすじとDr.アシュア的に気になったことについて
中心静脈カテーテルの手術を無事終えたトモリンはついに白血病の治療が始まり、倦怠感・吐き気といった抗がん剤治療の副作用が出てきました。しかしその表情は意外にも明るく、お父さんと和解したことが大きく彼女の気持ちを前向きに変えたようです。
同じく父親との確執があるマコ先生は、トモリンにも励まされ、父親である吾郎先生の部屋へ向かいます。
吾郎先生の前で、マコ先生は病院に誘ってもらったことを感謝し、父親の作ろうとしている小児科で自分も働きたいこと、父親の考える小児医療に共感したことを伝えることが出来たのでした。
そこへついに、マコ先生の兄である英樹先生が登場します。英樹先生も、父親である吾郎先生から手紙をもらい、同じ病院で働くつもりで帰国したとのことでした。
「昔は色々あったが、いつまでも恨んでいても仕方がない。鈴懸家で頑張っていこう」と、マコ先生に声をかける英樹先生。
マコ先生は「軽々しく言うな、自分は許していない」と冷たく対応してしまうのでした。マコ先生は昔の兄の姿を思い出し、今の英樹先生が患者のため、病院のために…と話すことが、信じられないようです。
父・吾郎先生に北広島市総合医療センターの案内をされる英樹先生、後ろから同行するマコ先生。3人は祖母に連れられて来院した少女「町山莉乃」ちゃんのことを目にします。
受診を嫌がっている莉乃ちゃん。どうやら仕事が忙しい母親に代わり祖母が、病院に連れてきたようです。優しく話しかけ、病状を聞き出すマコ先生は、小児外科医「八柳卓郎」先生の診療を受けるように勧めます。
2~3日前から右足をひきずるようになった、痛みはなく、膝蓋腱反射も異常はない。外傷はなく、レントゲンでも異常はなく、鍵盤ハーモニカをふいたあとに症状がでた…
マコ先生の頭の中に、様々な病名が浮かびます。。。が、今回は父・吾郎先生は兄・英樹先生に助言を求めるのでした。
英樹先生は言いました「頭部MRI・MRAを撮影しましょう。一時的な脳虚血の可能性があります」
東元俊哉「プラタナスの実~小児科医療チャンネル~」第18・19話より
ついに兄・英樹先生が本格的に登場しましたね!
鈴懸家は医者一家で、父・吾郎先生は小児外科医、母は小児科医。子どもの英樹先生は小児外科医、そして主人公の真心先生は小児科医でした。
兄・英樹先生は、色々な国を渡り歩いて勉強をしていたようですが、最終的には自分の病院を持ちたいと思っていたようです。そして、父親からの手紙をもらって帰国することを決めたと…。これ完全に、父・吾郎先生の後に小児医療センターのトップの席に座る気満々って感じで、出世欲がすごい感じですね(笑)
所々冷たい感じがある英樹先生ですが、、莉乃ちゃんの様子をちらっと見ただけで「うちの病院には小児脳神経外科はありますか?」と聞いたり、スパッと検査の計画を立てたりと、小児外科医としての能力だけではなく、小児科医としての能力も高そうで、"腕は確か"な感じですね。
そんな英樹先生に対して、真心先生は昔のしがらみもあってか、かなり否定的な感情を持っている様です。
「病院のため、患者のため…」と話す英樹先生の話を、真心先生は、全く信じられない、絶対裏があるだろ?という感じでとらえていて、まともにコミュニケーションできなさそうです。一緒の病院で働く上で小児科医と小児外科医が仲が悪いのは、、かなりきついですね。。。
そして、前のお話にもちらっと登場していた「右足を引きずる5歳の女児、莉乃ちゃん」が登場しました。
足のことを心配する祖母に向かって「もう大丈夫って言ってるしょや!」って話しているのが印象的ですねぇ。これ北海道弁ですね、「~でしょう」という意味です。
この症状、外来で原因がはっきりしなかったら入院しましょうという症状です。
今回は、莉乃ちゃんに予定されているMRI検査、MRA検査、そして彼女の症状などに迫っていきましょう。
5歳でMRI撮影が必要→「はい、入院しましょう」
MRIは、ドーナツ型の機械に寝た姿勢で入っていき、目的の体の場所の断層画像(つまり輪切りの写真)を取る検査です。
CT検査と大きく違うのは撮影にかかる時間で、CTが短ければ1分程度で終わるところが、MRIはどんなに頑張っても20-30分はかかります。
この撮影時間の間、動かずにじーっとしていないときれいな画像が撮影できず、
またCTよりもMRIの方が機械の音がうるさい(金属と金属をぶつけるような音や、ブーンブーンというような重低音がずっとしています)です。
このようなことから、年少児では覚醒時にきれいなMRI画像を撮影することはとても難しいです。
お話の中の莉乃ちゃんはというと…5歳の女の子=つまり年中さんくらいですよね。一般的には起きたままでのMRI撮影は難しいでしょう。動かないで20-30分じっとしていること、大きな音に耐えることは難しいと考えます。
ではどうするか。
年少児でMRIを取る必要がある場合は、眠り薬を使って眠らせた状態で検査を行います。
大きな音がしていても起きないようなレベルまでしっかり眠らせなければいけませんので、種類で言ったら麻酔薬に類するものを使ったり、複数の薬剤を使ったり…と病院によってもやり方は様々ですが、どういった方法を取ったとしても、しっかりと薬剤を投与することになります。
そうなると・・・やはり眠り薬の副作用の対応が必要となってきます。
眠り薬の副作用は大きく分けて2種類で、呼吸と循環(心臓の働き)に分けられます。
いずれも一時的ではありますが、機能が抑えられるため問題になることがあるわけです。
呼吸であれば、呼吸が浅くなる→行くところまでいけばもちろん呼吸停止です。循環であれば、脈が遅くなる・血圧が下がる→行くところまでいけば心停止という話です。
薬剤の投与量は体重に併せて上限があるので、基本的なところを守り投与する分には、重篤な副作用がでることはまずありません。
検査でそんなことが頻繁起こるようなら、そもそも検査になりませんしね。
だけれども、万が一副作用が出現しても大丈夫なように良く準備して検査に臨む必要があるわけです。
準備としては…
MRIを安全に行うための準備
・そもそも鎮静薬を投与して良い状態か事前にしっかり問診や診察を行う(風邪をひいているときに無理に検査をしない)
・薬剤の投与量の最大量を把握するために、事前に体重測定を行う
・副作用で嘔吐するリスクを考えて空腹時に検査を行う=食事制限が必要
・副作用の観察ができるように、モニターをつけて検査を行う
・副作用が万が一起きた時に対処できるように、心肺蘇生の技術を持った小児科医が付き添って行う
といったところになります。
正直、これを外来で行うのはかなり困難でしょう・・・ということで、当院では眠り薬を使用するMRIの検査は「入院」で行っています。
検査の担当医をつけて、その小児科医が責任をもってお子さんをみて、日々安全に検査をしています。おそらくこれは多くの小児科においても同様ではないかと思います。
以前、MRI検査に対する鎮静薬についてブログで書いたことがありましたので、ここで共有しておきます。
ご興味がある方は是非ご覧ください。
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MRIはしってるけど、MRAって何?
MRIは聞いたことがある人は多いと思いますが、MRAはあまりメジャーではない検査かもしれません。
これは実際の検査の画像を出してしまうのが、早いと思います。
MRIは、、、これ。
MRAは、、、これ。
説明が必要ですね。
つまり、MRIは脳そのものの断層写真(輪切りの写真)です。
そして、MRAというのは脳を栄養している血管を見る検査ということです。MRAのAはAngio=血管造影のことを示しています。
脳は人体でもっとも栄養・酸素を使っている臓器であり、それを供給しているのはもちろん血管を通じていきわたる血液です。
画像のように、脳には無数の血管が走っており、脳の組織にまんべんなくそして絶え間なく血液が巡っています。
例えばくも膜下出血の原因になる脳動脈瘤などはMRAで血管の走行を見ることで診断することが出来ます。
CTでも"造影剤"という薬を用いればCTAという形で血管造影をすることができるのですが、MRAの優れている所は造影剤を使うことなく、血管の形や走行がわかるところです。
鈴懸真心先生の兄の英樹先生は、MRIだけではなくMRAが必要だと考えていた、と言うことになりますね。
足を引きずる、莉乃ちゃんの病気は一体何?
お話の中でキーワードは多数ちりばめられていました。もう一度復習してみましょう。
莉乃ちゃんの症状のポイント
・2~3日前から右足をひきずるようになった
・痛みはなく、膝蓋腱反射も異常はない
・外傷はなく、レントゲンでも異常はない
・鍵盤ハーモニカをふいたあとに症状がでた
真心先生の頭の中にも、可能性のある病名が複数浮かんでいましたが、最後の「鍵盤ハーモニカをふいた後に症状がでた」というのが最大のポイントです。研修医レベルでもわかるキーワード、という感じですが、莉乃ちゃんの現在の症状は「一過性脳虚血(Transient Ischemic Attack)」で説明ができ、その原因疾患は「もやもや病」でしょう。足を引きずるからといって足の病気じゃないことも、良くあります。
もやもや病というのは、脳の血管に生じる病気で、脳を栄養する太い血管が細くて、大脳への血流の供給がしにくくなる病気です。
血液の供給がしにくくなった脳はほおっておけば血流不足で脳梗塞になってしまうため、そうならないように代償的に血管が伸びるのですが、これが非常に細く沢山できます。この血管がもやもや血管と呼ばれ、普段はこの血管のおかげで、何も症状が出ることなく生活が出来ます。
しかし、呼吸数が増えるようなイベント(泣く、熱い麺類を食べる時にフーフーする、運動する、吹くタイプの楽器を演奏する)の時には、一時的に体内の二酸化炭素が低下します。二酸化炭素の低下は、脳血管を一時的に収縮させるため、血液が流れにくくなります。
脳の太い血管なら問題ありませんが、もやもや血管はすごく細いので血液が上手く流れなくなってしまい、一時的に脳組織に血液が行かない状況が生じます。
これにより一過性脳虚血の症状が表に現れます。
一時的に生じる手足の脱力や、呂律が回らない(言語障害)といった症状が代表的です。ひどい虚血に陥れば一過性ではない脳虚血=つまり脳梗塞も起こりますし、その後に脳出血に進んでしまうこともあり、怖い病気です。
ちなみに、もやもや病は歌手の徳永英明さんがなった病気として、知っている方も多いかもしれませんね。
今回莉乃ちゃんは、おそらく足の脱力症状が生じていたのだろうと推察されます。
痛みや外傷の覚えがない、レントゲン異常がないことは、整形外科的な原因(捻挫や骨折など)の可能性が低いことが想像できますし、膝蓋腱反射に異常がないことは、完全な脳梗塞ではないことも予測されます。
もやもや病は、MRAで脳を栄養している血管の走行・太さをみることで診断をすることが可能ですが、そもそもこの病気を疑って患者さんや家族から積極的に情報収集をしないと「MRA検査をしましょう」と提案するところまでたどり着けません。
最後に
今回は病気の話が無かったこともあり2話一緒に解説してみました。
莉乃ちゃんの病気のことはすぐに分かりましたが、Dr.アシュア的には、足をひきずる症状で実はお腹の腫瘍の病気じゃないかなぁと予想していたので、大きく外れちゃいましたね。
そして、患者さんへ優しく対応する真心先生と、かなりドライな対応の英樹先生とが対照的に描かれていました。すでに真心先生は英樹先生に喧嘩上等な感じですし、穏やかに進まない未来しかみえませんなぁ。
疑えれば診断はそれほど難しくない「もやもや病」ですが、その治療となると「小児脳神経外科医」が中心となって診療していく病気です。
真心先生(小児科医)・英樹先生(小児外科医)のどちらもセンターな感じではありませんし、そもそも北広島市総合医療センターには小児脳神経外科医はいないとのことですから、今後の展開がどうなるのか分かりませんね。来週はどうなるのでしょうか。
追記
2021年1月29日にプラタナスの実 1巻・2巻が発売になりました。小児科医療のリアルな現場を切り取った漫画だと思います。
色々な方が手に取って頂けたら嬉しいですね。