腸重積という病気を皆さんご存知でしょうか。
主に2歳くらいのお子さんで起こる病気で、お腹の中で腸と腸が重なりあってしまい、腸の血の巡りが悪くなってしまう病気です。口から肛門までは消化管はひとつながりなので、腸と腸が重なり合っている部分で閉塞が起こると、行き所がなくなった胃液や消化液は嘔吐という形で外に出てきます。また、腸が重なり合うことで腹痛が生じ、血の巡りが悪くなった腸は壊死して肛門からは血便が出てきます。初期であれば小児科医だけでも治療が可能ですが、時間が経過してしまったり初期治療で治療できないと、小児外科医がいる病院で、外科手術も含めた治療が必要になります。
さて、皆さんのお子さんも接種しているであろう「ロタウイルスワクチン」ですが、実はこの腸重積のリスクが上がるかもしれないという話があります。現在の小児科学会のHPでもロタウイルスワクチンのPDFの所には、リスクは非常に少ないけれど、ワクチン接種で腸重積が起こるかもしれないので気をつけましょう、という注意喚起がされています。
「ロタウイルスワクチンによって本当に腸重積が増えるの?」という疑問は当然生じると思いますが、今回その疑問に答えるような系統的レビューを見つけたので、ご紹介しようと思いました。
さて主役に登場して頂きましょう。
JAMA Netw Open. 2019 Oct 2;2(10):e1912458. PMID: 31584679
Association Between Rotavirus Vaccination and Risk of Intussusception Among Neonates and Infants: A Systematic Review and Meta-analysis.
Lu HL, et al.
では見ていきましょう。
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背景と目的-Background and Objective
ロタウイルスワクチンは、乳児・幼児のロタウイルス胃腸炎の発症と重症度・死亡率を大幅に減少させたことは明らかです。
しかしthe Global Advisory Committee on Vaccine Safety(ワクチンの安全性に関する世界的諮問委員会)は、ロタウイルスワクチンの使用が腸重積のリスク増加と関連している可能性があることに注目しています。
※the Global Advisory Committee on Vaccine Safetyは、1999年以降活動しているWHOの委員会の一つです。世界的に重要なワクチンの安全性について科学的に検証し、WHOにアドバイスする立場の組織の様です。
ロタウイルスワクチンの安全性に関するランダム化比較試験(RCT)は複数ありますが、腸重積の発生率に対するワクチンの関与についての答えは、研究間で異なっていました。それは、年齢、性別、患者さんの人口の分布、使用された様々なタイプのワクチンなどの複数の変数によるものだと考えられています。よって、未だにロタウイルスワクチンが腸重積のリスクを上げるのか否かは、明確には分かっていません。
今回紹介する論文では、その疑問点に関して系統的レビューとランダム化比較試験のメタ分析が企画され、実施されました。
研究の目的は、「ロタウイルスワクチンと腸重積の発症に関する質の高い論文を集め、まとめて、実際にワクチンで腸重積のリスクが上がるのかどうなのかをはっきりさせましょう」と言うことになります。
方法-Method
データベース
1999年1月1日から2018年12月31日まで、PubMed、Web of Science、Cochraneライブラリ、およびEmbaseデータベースを、言語の制限なしで検索しています。さらに、検索で出てきた適格と思われる研究の参考文献も検索の対象としています。
⇒一通りの有名どころのデータベースで「ランダム化比較試験(RCT)」に絞って検索した、という書かれ方でした。
適格基準
このメタ分析は、ロタウイルスワクチン接種と腸重積のリスクとの関連に焦点を合わせているので、もちろん新生児または乳児のワクチン群とプラセボ群の間で腸重積のリスクを比較したランダム化比較試験(RCT)のみが分析に含まれました。
下記の研究が今回のレビューに適格な論文とされました。
適格基準はこれ!
・あらゆるタイプのロタウイルスワクチンの研究であること
⇒ロタリックス®(1価)、ロタテック®(5価)のほかに、BRV-PV、116E、RV3-BBといったマニアックなロタウイルスワクチンに関する論文も選ばれました
・少なくとも100人の参加者のサンプルサイズ
・腸重積症の発生率に関するデータが含まれている
除外基準
逆に除外基準はこのようなものでした。
除外基準はこれ!
・腸重積に関するデータがない
・プラセボ群が設定されていない
・RRV-TVというロタウイルスワクチンを使っていた場合
⇒予防接種に関する米国諮問委員会は、腸重積症のリスクが高いため、このワクチンの使用を推奨しなくなったため
・対象集団が同じ研究
⇒いくつかの研究には、同じ集団の参加者が含まれていました。そういう研究を、一つ一つ独立した研究としてメタ分析に含めてしまうと、その集団の結果がより大きくメタ分析の結果に反映されてしまうので好ましくないですよね。その場合は、最も包括的で最新の研究が選択され、メタ解析に含まれました。
データ収集と分析
収集された情報は、ワクチンの種類、予防接種の時期、ワクチン群・プラセボ群の症例数、腸重積症の症例数などなど、沢山の情報でした。
また「試験に2つ以上のグループがある場合、またはワクチンの成分または濃度が異なる場合には、世界的に承認されているワクチンに最も近い組成のワクチンを用いたデータを抽出して研究に利用した」との記載がありました。複数のRCTの研究をまとめる際に、色々な種類のワクチンが使われていることがネックになっていたのだろうと感じました。
腸重積のリスクを示すために、「リスク比」「リスク差」が共に論文に記載されていました。
実は「リスク比」「リスク差」両者を記載するということは、論文の結果を医師が自分の臨床に生かす上で大事なことなのですが、意外に両方乗っている論文は少なかったりします。ここ、個人的にはとても好感が持てるポイントですね。
日本では、ロタリックス®(1価)、ロタテック®(5価)の2種類のワクチンが使用されていますが、今回の研究でも1価・5価は重点的に分析が行われていました。せっかく論文を読んでも、日本で使用されていないワクチンなら意味がないので、ここも大事なポイントですね。
Q検定とI2統計指標を使用して、異なる研究間の不均一性の程度を評価しました。不均一性が高すぎる場合、メタ解析に選ばれた研究一つ一つの質が悪いことを疑わないといけなくなります。メタ解析の結果を信じていいかの透明性の確保のためにも、この辺の表記は大事です。
結果-Results
データベースの検索で196件の研究が見つかり、除外を経て最終的に25件のランダム化比較試験(RCT)が選択基準を満たしました。
この25件のRCTについては、4大陸、33か国の200,594人の参加者(ワクチンを受けた104,647人、プラセボを受けた95,947人)が含まれていました。グローバルで、規模も巨大ですね。
ロタリックス®(1価)に関する11件の試験、ロタテック®(5価)に関する10件の試験、BRV-PVワクチンに関する2件の試験、116EおよびRV3-BBワクチンに関する1件の試験がありました。
RCTの品質評価は、バイアスのリスクを評価するためのコクラン共同研究のツールに従って行われました。
RCT 25件のうち、19件は高品質、6件は中程度の品質でした。
結果を以下に示します。
ロタリックス®(1価)、ロタテック®(5価)の2種類のワクチンについての結果のみで良いと思うので、そちらだけ提示します。
結果①
ロタリックス®(1価)接種後31日以内に腸重積症の14例が診断されました。
(ワクチン群では7例[50%]、プラセボ群では7例[50%])
・ワクチン投与後31日以内の腸重積のRR 0.91(95%CI, 0.33-2.55; P = .86)
・ワクチン投与後31日以内の腸重積のRD 乳児1万人あたり-0.08(95%CI, 乳児1万人あたり-2.22〜2.06、P = .94)
結果②
ロタテック®(5価)接種後31日以内に腸重積症の6例が診断されました。
(ワクチン群では4例[66%]、プラセボ群では2例[33%])
・ワクチン投与後31日以内の腸重積のRR 1.82(95%CI, 0.39-8.53; P = .45)
・ワクチン投与後31日間の腸重積のRD 乳児1万人あたり0.48(95%CI, 乳児1万人あたり-1.32〜2.27; P = .60)
結局どちらのワクチンにおいてもリスク比(RR)は1.0をまたいでおり有意差はありません(Pも0.05より上です)し、リスク比(RD)も0をまたいでおり有意差はありません(Pも0.05より上です)。つまり、両ワクチンともに、接種後31日以内での腸重積の発症のリスクについて関連性はないという結果だという事です。
ワクチン接種後31日以内の検討の他、ワクチン接種から1年の時点での検討、2年の時点での検討も行われました。
接種後31日以内の検討と同様に、ロタリックス®(1価)、ロタテック®(5価)いずれにおいても、ワクチン接種群とプラセボ群において、腸重積症のリスク比・リスク差は、有意差はありませんでした。
結論-Conclusions
ロタリックス®(1価)、ロタテック®(5価)、116E、BRV-PV、およびRV3-BBワクチンのRCTを集めて検討したこの系統的レビューおよびメタ分析では、ワクチンの接種と2年後までの乳児の重積症のリスク増加との関連は認められませんでした。
著者らは、今回のレビューの結果が、ロタウイルスワクチン市販後調査での腸重積のリスクが増えるとする提言と矛盾していたことを明記した上で、それでもワクチン接種による利益の方が大幅に勝っていると結論付けています。
なお、研究の制限として以下が挙げられていました。
・116E、BRV-PV、およびRV3-BBワクチンのRCTは数が少ないこともあり、腸重積のリスク増加の是非については確定的な事は言えない
・色々な地域で十分な規模のRCTが出来ていないため、地域ごとのロタウイルスワクチンによる腸重積のリスクの違いは評価できていない
なにが分かったか
注目すべきは、ロタリックス®(1価)、ロタテック®(5価)のみで良いと思いますが、
まとめ
ロタリックス®(1価)に関する11件のRCT、ロタテック®(5価)に関する10件のRCTをまとめた結果、
ロタウイルスワクチン接種によって、2歳までの乳児・幼児における腸重積のリスクは、増加していなかった。
という結果でした。
今回は以上となります、何かの役に立てば幸いです。