こんにちわ、Dr.アシュアです。今回の投稿は、乳児突然死症候群(SIDS)についてです。
今まで元気だった赤ちゃんが、ある日突然亡くなってしまう本当に恐ろしい病気です。どういった因子をもった赤ちゃんがリスクが高いのか、何をしたら予防できるのかなど、今まで様々な研究が行われてきた領域です。
今回はPediatricsから、SIDSに対する母乳栄養についてメタアナリシスをご紹介したいと思います。
母乳栄養をしているとSIDSを起こしにくいということは、今までの研究でわかっていたことですが、この論文では一歩踏み込んだ議論をしています。「どれくらいの程度・どれくらいの期間、母乳栄養をしたらSIDSをより予防できるのか」という議題です。
面白い結果が出ていましたので、共有したいと思います。
Pediatrics. 2017 Nov;140(5). pii: e20171324.
Duration of Breastfeeding and Risk of SIDS: An Individual Participant Data Meta-analysis.
Thompson JMD. et al.
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目次
背景 Background
急性乳児死亡症候群(SIDS)は、乳児の主要な死亡原因です。
著者らの以前のメタアナリシスでは、母乳育児はSIDSに防御的に作用しており、完全母乳はより強い効果があることを示した。
Pediatrics. 2011;128(1):103–110
母乳栄養をしていた方がSIDSを起こしにくいことは事実です。
しかし、SIDSに対して保護効果をもたらすためにどれくらいの授乳期間が必要なのか、はまだ分かっていません。
ただ、SIDSに対して保護効果を与えるためにはどの位の授乳期間が必要なのかを判断することは困難でした。
そもそも母乳育児をしている母親の割合が国で異なったり、研究者たちが使っている母乳育児、完全母乳などの用語の定義が異なっているためです。著者らは、国際的な研究から、それぞれの著者らの協力によって個人レベルのデータを抽出し、それによって母乳育児期間とSIDSとの間の関連性を評価することとしました。
目的 Objective
SIDSに対して保護効果をもたらすためにどれくらいの授乳期間が必要なのか、を解明する。
研究の選択とデータソース Study selection & Data source
著者らは、母乳育児およびSIDSとの関連に関するデータを収集するため、統制語とキーワードを用いてOvid Medlineデータベース(1966年1月から2009年12月)を検索しています。
統制語とは、自然科学系のデータベースにおける目次の言葉みたいなものです。例えば、胃がん一つでも英語の表記は様々なものがあります。
gastric cancer, stomach cancer, gastric cartinoma, stomach cartinoma…
どれか一つでキーワード検索すると、他の単語で書かれた論文がヒットしなかったりするので、胃がんはこれ!という統制語でデータベースの中に入っている胃がんのタグが付いている論文が残さずヒットするように作られているということです。
話が少しずれましたが、つまり必要な論文を探す際に”抜け”が無いようにしました、ということです。
その結果、SIDS死亡の大規模な症例対照研究、合計8件を使用することとなりました。
- The New Zealand Cot Death Study
- The Chicago Infant Mortality Study
- The German SIDS Study
- The Scottish Cot Death Trust Study
- European Concerted Action on SIDS
- Irish Study of Infant Death
- Confidential Inquiry Into Stillbirth and Deaths in Infancy
- South-West England Infant Sleep Study
どれもそうそうたる規模の症例対照研究です。どの国のデータが取り入れられているかまとめますと、
ニュージーランド、シカゴ(アメリカ)、ドイツ、スコットランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、オランダ、オーストリア、ハンガリー、ウクライナ、スペイン、イタリア、ロシア、スロベニア、フランス、ベルギー、ポーランド、イギリス、アイルランド
です。すごい数の国ですね。
すべてのデータは、8件それぞれの研究者と直接の接触によって得られているそうで、分析が始まる前にデータの完全性・一貫性について各々の研究者によって精査されているそうです。
定義 Definition
ちょっと大事なところなので、書いておきますが、この論文における”母乳栄養”と”完全母乳”の定義を共有させてください。
”母乳栄養”とは、人工乳と併用してでも、母乳栄養だけでも、とにかく母乳を少しでも飲んでいる期間、です。もちろん直接乳房から母乳を飲むのでも、搾乳でも構いません。
”完全母乳”とは、そのまま母乳のみを摂取している期間です。直接乳房から母乳を飲むのも、搾乳でも構いません。
以下の結果にも出てくる、母乳栄養と完全母乳は上記の定義の意味ですので、ご注意ください。
データ抽出 Data extraction
母乳育児の様々な変数、人口統計的要素、その他の潜在的な交絡因子が測定されました。
結果 Results
SIDS症例が2267人、対照乳児が6837人 と大規模なデータとなりました。
元々予測していた通り、国ごとに母乳栄養をしている率はとても異なっていたようです。
母乳育児率はニュージーランドで最も高く、米国では最低であり、ヨーロッパ諸国ではその間くらいであった。
理想を言えば8つの研究から得られた全てのデータで多変量解析が出来ればよかったのですが、測定された変数の定義にやはりばらつきがあり、それは困難だったようです。
上手く交絡因子が調整できそうな研究は3つ(NZCDS、CIMS、およびGeSID)だったので、メインの結果としては、この3つの研究からのデータを、19個の交絡因子を調整した多変量解析モデルで出しています。
交絡因子は以下の19個です。
最後の睡眠時の位置、妊娠中の母親の喫煙、最後の睡眠中にベッドに大人の介護者が寝ていたか、最後の睡眠で大人と部屋を共有していたか、
最後の睡眠時のおしゃぶりなどの使用、母親の年齢、出生前ケアを受けたか、母の結婚歴、初産or多産、母親の教育レベル、社会経済的状態、幼児の年齢、幼児の性別、ICUなどに入室したことがあるか、死亡した時の季節、出生時体重、在胎週数、複数妊娠の有無、帝王切開の有無
多変量解析の結果から以下のことがわかりました。
2か月未満の母乳育児はSIDSに対して防御的ではない。
(調整オッズ比[aOR]:0.91,95%信頼区間[CI]:0.68-1.22)
2か月以上の母乳育児がSIDSへ防御的に働き、期間が長くなるほど効果が強くなった。
(2〜4ヵ月:aOR:0.60, 95%CI:0.44-0.82)
(4~6ヶ月:aOR:0.40, 95%CI:0.26-0.63)
(6ヶ月以上:aOR:0.36, 95%CI:0.22-0.61)
2ヶ月未満の完全母乳育児はSIDSに対して保護的ではなかった。
(aOR:0.82, 95%CI:0.59-1.14)
2か月以上の完全母乳がSIDSへ防御的に働き、期間が長くなるほど効果は強くなった。
(2~4ヶ月:aOR:0.61, 95%CI:0.42-0.87)
(4~6ヶ月:aOR:0.46, 95%CI:0.29-0.74)
制限 Limitation
前述の通り、各研究で収集された変数はわずかに異なっていたため、すべての研究で交絡因子について調整することは叶わなかったことがLimitationとして記載されていました。
結論 Conclusions
以上論文の内容を説明してきましたが、この論文でわかったことを述べます。
ココがポイント
このメタアナリシスで結局何が分かったのか
少なくとも2ヶ月の母乳育児を行うことは、SIDSのリスクの減少に関与していた。
母乳栄養を長く行うことでよりSIDSを防ぐことが出来る。
SIDSに対する防御的な効果の面では、完全母乳にこだわらなくても良いと言える。
完全母乳栄養をしたくてもできないお母さんは必ずいらっしゃいます。
少しでも、せめて2か月でも母乳をあげられれば(しかも直接じゃなくても搾乳でもOK)、我が子を突然死症候群から守る一つの役割が果たせる…と思えるのなら、この論文の結果から救われるお母さんはいるのではないでしょうか。
今回は以上となります。