お子さんが保育園・幼稚園に入って、ようやく少し子育ても落ち着くかと思いきや、繰り返す発熱に悩まされる…なんて話はよく聞きますよね。
もし発熱を繰り返す原因が、急性扁桃腺炎だったら…、
ある日かかりつけの小児科医に『扁桃腺をとるって選択肢もあるんだけどね』なんて話をされることがあるかもしれません。
扁桃腺摘出術の一般的な適応についてはこちらの記事に書きました。ご興味のある方は、ご参照ください。
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今回は、扁桃腺をとってしまうことで本当にメリットがあるのか、科学的に証明されているのか、根拠となる論文を示しつつお話していこうと思います。
目次
そもそも扁桃腺切除術の有効性はどうやって評価するの?
まずは、ただの確認です。手術のメリットはなんでしょうか。
『扁桃腺炎を繰り返していたから、扁桃腺をとった』わけなので、
『扁桃摘出術の後、扁桃腺を繰り返さなくなる』というのが、メリットです。
だから、研究ではこのメリットが本当に確からしいのかを検証する形になります。
それで『手術をしたら、扁桃腺炎を繰り返さなくなった』ということを科学的に証明しようとすると、
扁桃腺炎を繰り返しているけど、手術は行わず観察した患者さんのグループ
に患者さんをランダムに割り振る。それで、その後の扁桃腺炎のかかりやすさを比較する。
という研究デザインが必要です。
ここでは患者さんの割り振りをランダムにするというのが、とっても大事です。
仮に患者さんをどちらのグループに割り振るか主治医の判断に任せるとすると、
同じ手術適応でも重く見える患者さんは手術群に割り振られやすいし、
軽く見える患者さんは手術しない群に割り振られやすいから、
比較しようとしても2つのグループの特性が違ってきてしまいます。
その結果、研究結果がゆがんでしまいます。せっかく研究をしたのに、結果の信ぴょう性が低いと言われてしまいます。
しかし、患者さんをランダムに割り振るっていうのは、実際の現場の診療をしながらはかなり難しいです。
手術の必要があるって判断されたのに、手術はしないで観察するって人道的にどうなんだ?みたいな話もついて回ります。
さらに、細かいことを言い出すと、そもそもの対象集団の選択バイアスがどうかとか、交絡因子をどう定義してどう調整したかとか、色々大事なことはあるんですけど…分かりにくくなっちゃうので、省きます。
ただ、
『患者さんをランダムに割り振って、やった群 と やらない群をわけて比較する研究=質が高い』、という事はとても大事です。
論文① 1998年の古いレビューから
古い論文ですが、扁桃摘出術をおこなったグループと、行わなかったグループを追跡して評価した研究をまとめたものがあります。
簡単に訳してまとめたものを書いてみますと、こんな形になります。
A review of tonsillectomy for recurrent throat infection
Marshall T Br J Gen Pract 48:1331-1335, 1998
『患者さんをランダムに割り振って、やった群 と やらない群をわけて比較する研究』は、Randomized Controlled Trials(RCT)
と言います。この論文は、そのRCTをまとめた論文ですから、結論の信ぴょう性は高いです。
結論としては、手術群と非手術群を比較して2年目までは、咽頭感染の回数が減ったが、3年目からは差がなくなったという結果でした。
数字を出すと、手術すると2年間は平均して2.2回の咽頭感染の回数を減らせるという結果だったようです。
しかも、手術によって学校を休む期間が短くなるかどうかはわからないこと、
手術によって学校を休むことを考えれば、学校を休む期間は増えるのではないか、という文言も書かれていました。
何故扁桃摘出術の後、2年間は差があったのに、3年目からは差が無くなってしまったのでしょうか…。
論文本文を一通り当たってみましたが、特にその理由についての考察は記載を見つけることが出来ませんでした。
これは私個人の意見なので、参考程度にして頂きたいのですが、
急性扁桃腺炎を繰り返す体質というのは自然に良くなる傾向があるからではないでしょうか。
だから手術しても、しなくても長く時間が経てば、扁桃腺は繰り返さなくなっちゃうと。
この点については前のブログでも紹介していますので、ご興味のある人は見てみてください。
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日本での扁桃摘出術後の術後成績に関する報告は、たくさんあるのですが、術後成績はすごく良いと報告されています。
扁桃摘出術の術後の患者さんのみにアンケート調査を行った報告もありましたが、扁桃摘出術の術後の患者さんのみを評価して、物事は議論できません。扁桃腺炎が自然に起こさなくなってくる要素を検討しないと、純粋な術後成績は評価できないと感じます。
論文② 2017年のシステマティックレビューから
最近出たシステマティックレビューについても触れておきましょう。
Tonsillectomy Versus Watchful Waiting for Recurrent Throat Infection: A Systematic Review.
Anna M, et al Pediatrics. 2017 Feb;139(2).
これは、システマティックレビューという種類の論文です。
多くの論文をあらかじめ決めた基準で選別し、論文の信ぴょう性を吟味した上で、結論を導き出すという手法がシステマティックレビューです。1本の論文よりも根拠の論理性は間違いなく、強固です。前の論文よりも年代が新しい点も良いですよね。
ちなみにこのシステマティックレビューは、MEDLINE、Embase、Cochrane libraryという医学を中心とする文献情報のデータベースから論文を抽出して推敲しています。
このレビューでは、1-3年間の間に3回以上の急性扁桃腺炎を起こした小児を対象者としている7つの論文がselectionされています。
・咽頭炎の罹患回数
・病院受診率
・学校を休んだ日数
に関して、扁桃摘出術の術後1年間は手術群で改善を認めたが、2年後以降は非手術群との差はなかったという結論でした。
この結論から、扁桃摘出術は長期的な利益は少ないので、行う利益は低いと結論付けられていました。
Dr.が参照するエビデンスサイト UpToDateではどうか
やはり同様のことが書かれています。扁桃腺切除術を行って、短期的には利益はあるが、長期的には利益は少ないと。
ただ、利益が無くはないことから、手術を実際行うかどうかについては、以下のような要素を検討した上で、個別に判断するべきと書かれています。
・手術のリスク&ベネフィットを他の治療方針(注意深く観察する、抗菌薬治療など)と比較した上でどう考えるか
・咽頭感染の発症の頻度や重症度がどうか
・家族、こどもの価値観(不安や、病気への寛容さなど)はどうか
・こどもに対して抗菌薬が使えるかどうか(内服が可能か、アレルギーがないかなど)
・繰り返す扁桃腺炎により、こどもの学校生活にどれくらい悪影響があるか
・医療機関への受診のしやすさはどうか
・費用はどうか
・手術関連のサービスの充実性がどうか(麻酔科・外科のパフォーマンスなど)
まとめ
1998年、2017年の論文を参照してみると、同じようなことが言えそうです。
・急性扁桃腺炎を繰り返すお子さんに扁桃摘出術を行った場合、扁桃摘出術の臨床的効果が得られるのはせいぜい1-2年だろう。長期的な利益は少ないと考えられる。
とはいっても短期的には繰り返す扁桃腺炎に対する扁桃摘出術に利益があることは確か。
手術をするかどうかは、色々な要素で個別に検討しよう。
繰り返す扁桃腺炎が自然に良くなる面もあることを考慮すると、
『手術をする!』と決めたのにダラダラしていると、ドンドン手術の意味がなくなっていく…
ということは言えそうですね。