お母さんお父さんがお子さんを病院に連れて来てから自宅に帰るまで、たくさんのプロセスがあると思います。今回は、病室に入って診察を受け、病室を出ていくまでにどんなことが行われているのかを書いていきたいと思います。『話をして診察するんでしょ、当たり前!』と思われるかもしれませんが、医師がどんなことを考えて診療しているのかを書いていけたらと思います。
まず病室に入るところ前から、病室を出ていくまでの流れを箇条書きにしてみました。
- 問診票を確認する
- 診察室に患者さんを呼び入れる
- ご挨拶
- 問診
- 診察
- 検査などのご提案
- 検査結果の説明、追加の問診・診察など
- 今後の方針などのご説明
- おしまい
大まかな流れは以上の通りです。
簡単ではありますが、各項目を見ていきましょう。
今回は前半の1-5になります。
問診票を確認する
多くは看護師さんからご家族に記入をお願いしているものと思います。
どんな症状があるのか、それはいつからなのか、食事・水分はとれているのか、今回の症状に関して前にどこかの病院にかかったことはあるのか、何か常用薬は飲んでいないか、アレルギーはないか、などです。
市立病院クラスだと、バイタルと言われる生命(vital)の兆候(sign)を調べられるかもしれませんね。バイタルとは、生物体温、脈拍、呼吸数、酸素飽和度(指につけて測る体内をめぐる酸素量の指標になる数値です)、血圧といった数値たちです。バイタルサインはお子さんが重症かそうではないかに直結する、非常に大事な数値です。バイタルサインをみて、この患者さんは早く診察したほうがいいという順序付け(=トリアージといいます)をしている病院もあります。
問診票にある内容は、直接医者に話せばいいじゃないかというような内容かもしれませんが、診察前にご両親に病気の周辺にある大事な情報を確認したり、問診をスムーズに進めたりする上でとても大事です。
小児科医は、おもにこの問診票をみて、『どんな原因疾患が疑わしいか』『この患者さんは素早く対応を判断しなければいけない患者さんかどうか』といったことを診察前に判断しています。
患者さんを診察室に呼び入れる
『○○さーん、1番の診察室にどうぞ』というアレです。ここからが診察の始まりです。こどもが元気かどうかの項にも書きましたが、医者としては診察室へどんな格好で患者さんが入ってくるかも大事な情報です。ここでも医者は『この患者さんは一刻を争う状況なのか否か』の判断を無意識にしていると思います。
ご挨拶
とても大事です。患者さんとの信頼関係を築く上で挨拶は基礎の基礎です。どんなに急いでいても『よろしくお願いします』『こんにちは』など、一言は大切ですよね。
問診
お母さん、お父さんから、お子さんの病気の症状や経過などなど、お話しを聞くことです。
我々小児科医は、お子さんが呈する困った症状(おもに主訴と言います)を、メディカルタームと言われる医学用語に翻訳して、それから可能性がある原因疾患を思い浮かべます(=鑑別診断と言います)。
たとえば、咳をするんです⇒『咳嗽』という具合です。
たくさんある鑑別疾患の中から、主訴をきっかけにして、3C=common、curable、critical(よくある疾患、治せる疾患、緊急疾患)を基礎に、聞き取り調査を始めます。
ちょっと聞き取り調査をするだけで、さきほどの主訴はすぐにその姿を変えます。
お母さん:咳をするんです。
医者:いつからですか?
お母さん:1週間前からです
医者:咳はどんな咳ですか?
お母さん:ゴホゴホした咳です
これだけで先ほどの『咳嗽』は、『亜急性の湿性咳嗽』というメディカルタームになります。さらに聞き取り調査を行うと…
医者:他に症状はありますか?
お母さん:熱は2日前からあります。鼻水も出てきました。
医者:耳は痛がったり、気にしたりしますか?
お母さん:いわれてみれば、耳を気にしているかもしれません。
『亜急性の湿性咳嗽』にさらに味付けが加わり、『2日前から発熱・鼻汁を伴う亜急性の湿性咳嗽』というような記載になります。
このような形で、実際の問診でご家族からお話を聞きつつ、それを医学用語に翻訳していく作業になります。ただ難しい言葉に変えているというわけではなくて、必要な情報を取捨選択して単純化し、患者さんの状況を正確に表す表現に変える大事な行為です。ご家族から聞き取った病気の経緯を簡潔で理解しやすい『病歴』に変えることは、他の医師に状況を伝える際にもとても役に立ちます。
そして、問診の際に私が以前上司の先生に教えてもらい、とても大事にしていることがあります。
お父さん、お母さんが『何に困っているか』『何が心配か』、この2点です。
私は初診の患者さんにはこの2点はなるべく聞くようにしています。医者が思っている診療のゴールと患者さん、ご家族が思っている診療のゴールが時に異なるケースがあり、例えば慢性頭痛で受診された患者さんで、医者が痛み止めを処方して帰したとして、ご家族が対症療法よりも怖い病気を除外してほしい、原因疾患を突き止めてほしいという心配事であった場合などは、ご家族は自分たちのことがわかってもらえなかったといった悲しい気持ちになりますし、時にトラブルのもとになったりします。逆に細かい検査は必要ないからとにかく早く鎮痛薬をもらって帰りたいという希望の方もいますよね(そういう時でも最低限怖い病気は除外したいというのが医者の思いですけど)。患者さん、ご家族が本当に希望していること願っていることを早めに掘り下げて問診・診察を組み立てていくこと、これこそが診療の効率化と満足度の最大化に寄与することであり、小児科医だけではなく医師全般に求められる能力だと思います。
診察
視診、聴診、打診、触診といった、医師の五感を用いて患者さんの状態を把握する手法です。こどもの場合、お医者さんが怖くて泣いてしまったり、逃げてしまったりして診察に協力できないケースもあります。小児科医としては、そうならないようにおもちゃを使ったり、お母さんに抱っこしてもらいながら診察したりとあの手この手で工夫はしますが、なかなか難しいお子さんもいらっしゃいます。
お子さんが訴えている症状によっては、泣いていても判断ができるもの、なるべく泣かせたくないものがあります。例えば、『発疹』なら多くは泣いていても情報はとれます。しかし、『腹痛』の場合はひとたび泣いてしまうと、腹筋が固くなり有効な腹部診察ができなくなることがあります。
患者さんが訴えている症状や、医者が考えている鑑別診断から、診察を取捨選択して、なるべく短時間で必要最低限の診察で、診断に必要な情報を過不足なく集めるのがプロの小児科医の仕事ですが、これは何年たっても難しいものです…。