漫画「プラタナスの実」考察・解説

「プラタナスの実」第38・39話を小児科医が解説! ネフローゼ症候群で運動は制限するの?

こんにちは、Dr.アシュアです。

今回は2020/10/5から週刊スピリッツで連載されているマンガ「プラタナスの実」の第38・39話を、現役小児科医が考察・解説してみたいと思います。

「プラタナスの実」はドラマ化もされ人気を博した「テセウスの船」の原作者、東元俊哉先生の新連載の漫画で、小児科医療をテーマとして描かれている漫画です。

漫画の情報については公式HPをご覧ください。

東元俊哉「プラタナスの実~小児科医療チャンネル~」

原作者の東元先生にも企画についてご許可頂いておりまして「プラタナスの実 考察・解説ブログ~非公式だけど公認~」ということで、がんばって考察・解説していきます。

第1~3集も発売され好評のようです!

 

前回のお話では、主人公:真心先生の兄であり小児外科医である、英樹先生の本当の目的が徐々に明らかになってきました。父:吾郎先生が立ち上げる北広島市総合医療センターに赴任してきたのは、家族の絆からなのではなく、「復讐」のためだったのです。英樹先生の復讐とは・・・誰に対する、どんな復讐なのでしょうか…。今後ストーリーの中で明らかになっていくのでしょう。

それでは、見ていきましょう。

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第38・39話のあらすじとDr.アシュア的に気になったことについて

チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)の青葉郁(あおばいく)さんは、採血の件でかかわっていた入院患者さん”蓮くん”のママに、病棟で話しかけられていました。蓮くんは、腎臓の病気「ネフローゼ症候群」で長期入院中のお子さんで、蓮君のママは入院に付き添っている様子。どうやら蓮君のママは青葉さんに、何か不満があるようです。。

「今日蓮を走らせたそうじゃないですか。また病気が再発したらどうするんですか?私たちは病院に病気を治しに来たのであって、遊びに来たんじゃないんですよ。」

長期入院で蓮くんにかかるストレスを軽減するために、遊びは重要であること、適度な運動は血栓症にもよいことなどを丁寧に説明する青葉さんでしたが…

「蓮にあなた(チャイルドライフスペシャリスト)は必要ありません!もう関わらないで!」

と蓮くんのママは言い放ち、すぐさまその場を後にするのでした。

茫然と立ち尽くす青葉さん・・・。それを見ていた看護師長大河原園子さんは、そっと青葉さんの肩に触れ「気にしなくていいよ。蓮くんのお母さんってああいう人なの。前の病院でも結構もめてたみたい。私もしょっちゅう言われてるよ。」と声をかけるのでした。

 

場面は、蓮くんの病室。蓮くんと青葉さんが会話をしています。蓮くんが書いている学校の絵について、青葉さんが尋ねると、どうやら蓮くんは学校に行きたいとのこと。

「この病院には院内学級があるよ。」と青葉さん。

「うん、行きたい。・・・でもきっとお母さん、ダメっていうよ」と蓮くん。

「じゃあ、私からお母さんにお願いしてみるよ」青葉さんは、蓮くんと笑顔で約束するのでした。

 

…仕事が終わり、青葉さんは自宅に帰ってきました。すると、家では青葉さんの彼氏の”琢磨さん”が、青葉さんの帰りを待っていました。

青葉さんは驚きつつも、琢磨さんに”病院で長期入院中の患者さんの母親に怒られてしまったこと”を話します。青葉さんは少し疲れた表情を見せつつ「長期入院中のお子さんに、少しでも社会性や自立心が身につくように、将来病気を乗り越えた分強い大人になってもらえるように、サポートしたい」と、笑顔で琢磨さんに話すのでした。

実は、琢磨さんが青葉さんの自宅で彼女を待ち構えていたのは、自分の転勤を伝えるため、そしてプロポーズするためでした。琢磨さんからの突然プロポーズに驚く青葉さんでしたが、涙で「ありがとう…うれしい!」と快諾したのでした。

その後…自宅で琢磨さんとお祝いの乾杯などなど、幸せな時間を過ごした青葉さんでしたが、夜ふと目覚めた青葉さんは、夜空を見上げながら考えます。

(琢磨との結婚はうれしい。うれしいけど・・・、今の病院を辞めなくちゃいけない・・・)

東元俊哉「プラタナスの実~小児科医療チャンネル~」第38・39話より

チャイルド・ライフ・スペシャリストの青葉さん、以前小児外科の英樹先生に「この病院にはチャイルド・ライフ・スペシャリストはいらない」などと言われてしまいましたが、今回はなんと患者さんの母親からも辛らつな言葉を浴びせられてしまいました

この蓮くんのママは、一方的に自分の主張ばかりまくし立てて青葉さんの話を聞かないあたり、かなりの要注意人物ですよね。。。こういう人の言うことは、いちいち真に受けているとメンタルが持たないので、あまり気にしないのが一番なのでしょうけれど(そしてそれは青葉さんとしてもきっとわかっているだろうと思いますが)、やはり「あなたは必要ありません」とか言われたら、さすがに傷つきますよね。。

それに引き換え、看護師長の大河原さんはとても気持ちの良い人ですね!気落ちしている人に、そっと支えてくれる一言をナイスタイミングでかけられるって、実はなかなか出来ることではありませんよね。こんな人が看護師長として居てくれる病院は、働いている側の人間にとっても、非常に居心地がよさそうです。

青葉さんにとっては前回は英樹先生に不要と言われ、今回は患者さんの親にののしられ散々な状況でしたが、そこへきて彼氏の転勤とさらにプロポーズ!?青葉さんのメンタルの矢印の上向き下向きの角度とベクトルがエグいことになってます(;^_^A

今回のお話で、どう考えても青葉さんの足元はユラユラ揺らいでしまいました。前回の解説でも書きましたが、現在の日本では病院内でのチャイルド・ライフ・スペシャリストの位置付けは、とても不安定な状況と言えます。医師にも患者さんの親にも不要と言われ、さらに転勤・結婚の話も出てしまっては…、仕事に誇りを持ち頑張っていた青葉さん、今後どうなるのでしょうか。。。

主人公の真心先生の気持ちを考えると、小児医療にとても重要なチャイルド・ライフ・スペシャリストで仕事の仲間である青葉さんには辞めてほしくないと言うでしょうが、青葉さんのことを思うと結婚して幸せな家庭を築いてほしいとも思うだろうし、、、。

真心先生や小児医療センターのトップの吾郎先生がどう思うのか、、予測がつきませんね。

 

青葉さんと関わっていた患者さん”蓮くん”の長期入院の原因疾患は「ネフローゼ症候群」と判明しましたね。この病気は腎臓の病気で、1か月以上の入院生活が必要になることもある病気です。

蓮くんのお母さんは、青葉さんと我が子が運動していたことに憤慨していましたが、ネフローゼ症候群のお子さんは運動してはいけないのでしょうか。

また、蓮くんは院内学級に行きたいと言っていましたが、院内学級とはどういう所なのでしょうか。

今回は、この「ネフローゼ症候群」「院内学級」について簡単に解説をしようと思います。

 

ネフローゼ症候群とはどんな病気か、運動はしていいの?

ネフローゼ症候群は、漫画の中でも説明がありましたが、もう一度簡単に復習しておこうと思います。

ネフローゼ症候群はどんな病気か

ネフローゼ症候群とは、腎臓から大量のたんぱく質が尿の中に漏れて、血液中の重要なたんぱく質(アルブミン)が少なくなってしまう病気です。このアルブミンは血液の中に水分を留めておく上でとても重要な役割を果たしているので、アルブミンが少なくなると、血液中の水分が血管の外に漏れる状態になります。すると、血管の中は水分がなくなり脱水状態に陥りますが、血管の外の組織は水分が不必要に増えてむくむ(浮腫)というアンバランスな状態になってしまいます。この病気は、多くは免疫機能の異常で突然に発症します。

尿は、腎臓で作られます。腎臓にめぐってきた血液の中の余分なものを外に捨てたものが尿なので、血液から尿が作られます。つまり血管の中の水分が減る⇒血液の量が減る⇒尿が減ることにつながります。つまり、体はむくんでいくのに、尿が減ってしまうため、さらに体はむくむという悪循環が生まれます。

ネフローゼ症候群はどれくらい治る病気なのか

治療はステロイドが中心で、治療が効けば1-2週間くらいで尿の中にたんぱくが漏れる状態は改善してきます(寛解といいます)。寛解後もしばらく内服治療は必要で、約1か月ほどは多量にステロイドの内服を継続し、その後徐々に減量していきます。

小児のネフローゼ症候群の約90%はステロイド治療により寛解しますが、そのうちの約半分はステロイドの減量や中止に伴って何回も再発を繰り返すタイプです(頻回再発型ネフローゼ症候群と言います)。その場合は、ステロイドのほかに免疫抑制剤の治療が必要になることがあります。

ネフローゼ症候群全体からみると、再発を経験するお子さんはそれなりに多いといって良いでしょう。漫画の中に登場した蓮くんは”再発を経験してこの病院に移ってきた”ということでした。

なぜネフローゼ症候群で入院が必要なの?

実際のところ、再発したからと言ってすぐに入院になるわけではないのですが、初発の時(はじめてネフローゼ症候群を発症した時)や、体の浮腫・脱水の程度がひどい場合には、入院治療を行います。

尿の中に含まれて体の外に大量に捨てられてしまう「たんぱく質」の中には、免疫を担当する大事な物質が含まれていたり、治療で使用するステロイドの量が多いときはこれも免疫能を抑制することから、ネフローゼ症候群の患者さんは、初発の時や病勢が強い時期は感染症にとても弱くなります。入院=感染症から完璧に守られる、というわけではないですが、外来診療よりも入院治療のほうが感染症のリスクは抑えられるので、こういう時期は入院加療を選択することが多いです。

ネフローゼ症候群では運動はしていいの?

むくんで元気がない=脱水がひどい時は、脱水からめまいを起こしたり失神するリスクもあるので、ある程度の安静は必要です。

しかし、ネフローゼ症候群で脱水が強い時期は血液が固まりやすくなるため、血管の中で血の塊(血栓)ができて血管が詰まる病気=血栓症、が起こりやすくなっています。過度な安静は血栓症のリスクを高めるため、ネフローゼ症候群では、過度に運動制限しないように配慮する必要があります

また、再発が繰り返されている時期は長期間ステロイドの内服を行うこともありますが、ステロイドの長期投与は肥満や骨粗しょう症のリスクを上げます。適度な運動を行うことはステロイドによる副作用を減らすためにも有効です。ネフローゼ症候群のガイドラインでも、蛋白尿がある程度出ていても浮腫がない状態であれば、軽度~中等度の運動は推奨されています。

青葉さんがネフローゼ症候群の蓮くんに運動をさせたのは、是か非か

ネフローゼ症候群の運動制限を考える場合、現実的には、病状や治療内容を熟知している主治医が判断することになります。

漫画で出てきたネフローゼ症候群の蓮君の運動の件についても、おそらくは主治医から指示が出ているはずですし、チャイルド・ライフ・スペシャリストの青葉さんは医療の知識をもった専門職なので、主治医の指示なしでは運動させたりはしないはずです。

蓮くんのお母さんは運動させることを極度に嫌い青葉さんを批判していましたが、ガイドラインでも

・実際に運動負荷が小児ネフローゼ症候群の寛解導入時期や再発回数に影響を与えるかについて明確な回答を示してくれる論文は皆無

・運動や生活上の活動制限がネフローゼ症候群に与える負の影響が明らかでない異常、特別な問題がない限り運動制限は行うべきではない

小児特発性ネフローゼ症候群診療ガイドライン2013より引用

と明記されているわけですし、蓮くんのお母さんの「運動させたくない」という訴えは医学的な根拠からすると、合理的ではないといえますね。

 

院内学級って何?どんなことをやっているの??

院内学級は、その名の通り病院内に設置してある学校です。

長期入院中のお子さんは、学校をお休みする時間が長くなるため学習が遅れがちですが、院内学級があることで学習の遅れを取り戻しやすくなります。また、当院の場合、院内学級に配属されている先生は近隣の小学校・中学校から派遣された教職免許を持つ本物の先生で、正式な手続きを踏めば院内学級への通学も出席日数にカウントされます。中学生の場合、出席日数は成績を付けるうえでも大事ですから、これはとても重要です。

長期入院中のお子さんは、病気を治すのが短期的には大事な目標ですけれど最終目標ではありません。病気を克服したのちに、元の生活に戻って、勉強し自立していくことが最終的な目標です。その時に入院中の欠席日数が足かせにならないよう、病院内でも学校に通えることはとても大きな意味を持ちます。

院内学級に通えるのは、基本的に慢性疾患で長期入院を必要とするお子さんです。子供たちを集めれば感染症の温床になりかねないため、他人にうつす可能性がある感染症(肺炎や胃腸炎など)のお子さんは院内学級には行けません。すでに慢性疾患で院内学級に通学していたお子さんだとしても、風邪をひいたりすると一時的に院内学級には行けなくなります。

当たり前ですが、院内学級は、通常の学校と異なり本人の周りにいるお友達はみんな、何らかの病気を抱えて入院生活を行っています。中には風邪をうつしただけで状態が悪化する可能性のある方もいたりするため、風邪症状があるときには厳密に院内学級には通級できません

当院の場合は、小児科病棟からとても近い場所に院内学級(小学校・中学校の教室が一つずつ)があり、各々近隣の学校から一名ずつ先生が来てくれています。集まる生徒の学年は、日によってバラバラなので行う授業も普通の学校とは違いますが、勉強をしたり製作や習字をしたりと、色々な学習が行われています。

病棟からとても近いので、病状説明や検査があるときには、「〇〇君、ちょっとお話があるからいいかな?」などと、我々小児科医が直接院内学級に出向き、お子さんを呼びに行ったりすることもあります。

親御さんが面会にいらっしゃったときには、院内学級での様子を院内学級の先生からフィードバックしてもらったりもあるようですね。

 

最後に

小児外科医であり主人公の兄でもある英樹先生は、経費の無駄という観点からチャイルド・ライフ・スペシャリストの青葉さんを病院から排除しようとしているようです。

そして青葉さんは、プロポーズされ病院を辞める理由ができてしまいました。青葉さん自身はチャイルド・ライフ・スペシャリストの仕事も好きそうですが、結婚し仕事を辞める選択肢が突然目の前に現れた感じでしたね。青葉さん自身はまだかなり揺れているようでしたが…。

青葉さん、病院を辞めることになってしまうのでしょうか。現在、主人公の真心先生が全く絡んでない状況なので、真心先生がどうにかしてくれそうではありますが…。今後が気になりますね。

今回は以上となります。

 

追記

プラタナスの実 1巻・2巻・3巻が発売になりました。小児科医療のリアルな現場を切り取った漫画だと思います。

色々な方が手に取って頂けたら嬉しいです。

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