こんにちは、Dr.アシュアです。
「熱性けいれん」
日本の子供たちの100人に6人くらいはこれを起こす体質を持っています。小児科ではあるあるの病気の一つです。
熱だけでけいれんしてしまう病気と聞くとなんだか恐ろしいですが、
けいれんの持続時間は短く、けいれん前後で神経学的異常を呈しません、つまり後遺症は残りません。
小学校に上がる頃には、熱を出してもけいれんしなくなるので、熱性けいれんだけであればそれほど怖い病気ではありません。
熱性けいれんを起こすお子さんの約2/3は1回のけいれんのepisodeのみですが、残りの約1/3のお子さんは、2回以上熱性けいれんを繰り返します。稀ですが、10回以上繰り返すお子さんもいないわけではありません。
熱性けいれんを起こしたお子さんをお持ちのご家族から、時々こんな質問を頂きます。
「けいれんのせいで、脳の成長が悪くなったりしないでしょうか?」
今回は、そんな質問に対する答えのヒントとなる論文をご紹介したいと思います。
さて主役に登場して頂きましょう。
JAMA Pediatr. 2019 Oct 7. PMID: 31589251
Evaluation of Long-term Risk of Epilepsy, Psychiatric Disorders, and Mortality Among Children With Recurrent Febrile Seizures: A National Cohort Study in Denmark.
Dreier JW, et al.
JAMAの姉妹紙からの報告ですから、信頼性は高そうです。
では見ていきましょう。
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背景と目的-Background and Objective
「熱性けいれんをくりかえす」ことが「子どもの神経学的・精神医学的な発達と死亡率」にどのように影響するかは不明です。
今まで、この類の研究は研究の参加者が少なかったり、追跡期間が短いものが多く、長期経過の評価が出来ていないという背景がありました。
そのため、本研究では、
「熱性けいれんを繰り返すことと、てんかん、精神的障害、死亡率の間に関連性があるかどうか」
を調べることを目的としました。
方法-Method
調査対象となった集団
デンマーク市民登録システムを使用して、1977年1月1日~2011年12月31日までにデンマークで生まれ、生後3か月でデンマークに住んでいたすべての単胎出産の子どもを特定しました(N = 2,103,232人)。多胎の症例は除外されています。この種のコホート研究では良くありますね。
おおよそ35年間の研究期間!!(観察は30年)で、子どもの数が200万人!! めちゃめちゃでかいコホート研究です。
そして、デンマークの法律に従うと「参加者への連絡なしにレジストリベースの研究を行える」らしく、インフォームドコンセントは必要がなかったようです。
法律で明文化されていれば、同意はすっ飛ばせるって、すごいですね。
もちろん、データは匿名化されているとのことでした。
あと当たり前ですが「デンマーク人を対象とした研究」という所は大事です。研究結果をそのまま日本人に当てはめられるかどうかはちゃんと考えなければいけません。
大事な項目の定義
論文ではキモになる部分で、大事な事項について「どう定義をしているか」を示しておきます。
熱性けいれんの児、てんかん、精神的障害、の各々の定義を簡単に書いておきます。
まず、熱性けいれんに関する情報は、デンマーク国立病院レジストリという病名の記録から取得されました。
診断は国際疾病分類(ICD)に基づいていました。1977年から1993年まではICD-8、そして1994年から2016年まではICD-10 です。
ICD分類システムによれば、熱性けいれんは体温が高いが、重篤な健康上の問題を伴わない発作と定義されています。
3か月~5歳までで「発熱性発作と診断」されていて、「てんかん、脳性麻痺、頭蓋内腫瘍、重度の頭部外傷、または熱性けいれんの発症前の頭蓋内感染症がない」といった病名をつけられた小児(入院中と外来治療)を、「熱性けいれんだった小児」と定義しました。
つぎに、てんかんですが、病名がてんかんとして登録がある小児を、そのまま「てんかんがある小児」と定義しています。
最後に精神的障害ですね。ここはかなり手広いかったです。ICD-8の290-315およびICD-10のF00-F99の範囲の診断として定義していました。
それだけじゃ訳が分からないので、ICD-10のF00-F99を試しに見てみますと、「精神及び行動の障害」というカテゴリーの病名全部が対象で、あらゆる病名が含まれていました。
アルツハイマー、認知症、薬物による精神症状、うつ病、知的障害、自閉症・・・etc すごい数です。
気になる方はこちらをどうぞ ICD-10 第5章 F00-F99
データ収集と分析
部分分布ハザードに基づいて競合するリスク回帰を使用して、集団(合計、男児、女児)の熱性けいれん、てんかん、精神障害、および死亡の累積発生率を推定しました。
ここは統計学の専門的な知識が無いとかなり難しい所なので端折りますが、捕捉します。
捕捉すら難解だと思うので飛ばしてもらって構いません。
今回熱性けいれんの回数とてんかんの関連をみたいわけですが、仮に熱性けいれんを1回だけ起こしたある1歳の子どもが2-3か月後に事故で偶然死亡したとします。子どもは死亡しているので、本当は将来てんかんと診断されていたかもしれません。事故で死亡してしまったことで、その子どもがその後てんかんを発症したかどうかが観察不能になったという事です。
この場合、「死亡」は競合事象になるので、分析結果を補正する必要が出てきます。そこで使用するのが競合リスク回帰になります。
・・・やっぱり難解ですね。
結果-Results
2,103,232人の小児(1,024,049 [48.7%]が女児)のコホートで、3か月から5歳までの間に熱性けいれんと診断されたのは75,593人(3.6%)でした。
熱性けいれんは、男児で5歳での累積発生率:3.9%(95%CI、3.9%-4.0%)、女児で5歳での累積発生率:3.3%(95%CI、3.2%-3.3 %)でした。日本人と比べると、ちょっと発生率が低い集団です。
再発性熱性けいれんのリスク
少なくとも1回の熱性けいれんを経験した75 593人の子どもたちを検討すると、熱性けいれんを起こす回数が多いほど再発性熱性けいれんを起こすリスクが高くなっていた。
結果①
熱性けいれんを起こす回数が多いほど、再発性熱性けいれんを起こすリスクが高くなった。
・初回の熱性けいれん後に2回目を起こす累積リスク 22.7%(95%CI, 22.4%-23.0%)
・2回目の熱性けいれん後に3回目を起こす累積リスク 35.6%(95%CI, 34.9%-36.3%)
・3回目の熱性けいれん後に4回目を起こす累積リスク 43.5%(95%CI, 42.3%-44.7%)
再発リスクは、男の子と女の子で同等でした。
もうひとつ面白い結果がありました。
結果①-2
2歳前に初回の熱性けいれんを起こした子どもは、2歳以降で初回の熱性けいれんの初回を起こした子どもより、再発のリスクが高い。
2歳前に最初の熱性けいれんを起こした子どもの再発リスクは26.4%(95%CI, 26.0%-26.7%)
2歳以降で初回の熱性けいれんを起こした子どもの再発リスクは11.8%(95%CI, 11.3%-12.3%)
てんかんのリスクも、熱性けいれんを伴う入院の回数とともに増加していました。
結果②
てんかんの30年累積発生率は、熱性けいれんの回数と共に上昇する。
・出生時2.2%(95%CI、2.1%-2.2%)
・最初の熱性けいれん後 6.4%(95%CI、6.2%-6.6%)
・2回目の熱性けいれん後 10.8%(95%CI、10.2%-11.3%)
・3回目の熱性けいれん後 15.8%(95%CI、14.6%-16.9%)
熱性けいれん発作後にてんかんと診断されるリスクは、男の子と女の子で同等でした。
精神障害のリスクも、小児期の熱性けいれんの回数とともに上昇していました。
結果③
精神障害を伴う入院の30年リスクは、熱性けいれんの回数とともに上昇した。
・コホート全体の人口では 17.2%(95%CI、17.2%-17.3%)
・最初の熱性けいれん後 21.4%(95%CI、21.0%-21.9%)
・2回目の熱性けいれん後 25.0%(95%CI、24.0%-26.1%)
・3回目の熱性けいれん後 29.1%(95%CI、27.2%-31.0%)
そもそも30年見て精神障害の病名を伴って入院をするリスクが全体の人口で17.2%ある、というのがちょっと驚きの数字ではあります。がしかし、前述している精神障害の病名の手広さが尋常ではないので、あまねく全ての精神障害の病名を含めればこれくらいにはなるのかなぁと感じました。
さらに、精神障害の相対リスクを「てんかん」を調整した後で検討してみると、以下の様でした。
結果③-2
精神疾患のリスクは、発熱性けいれんを伴う入院が3回以上ある小児の方が、そういった入院がない場合と比較して高かった。
(HR 1.44; 95%CI、1.35-1.53)
死亡率も、熱性けいれんに関連した入院の数とともに増加しましたが、「てんかん」を調整すると、有意差が無くなりました。
3回以上熱性けいれんを起こした小児において「てんかん」の調整を行った場合、
HRは2.21(95%CI、1.69-2.91)⇒0.91(95%CI、0.69-1.20)に低下しました。
つまり、熱性けいれん後にてんかんと診断されなければ、死亡率の上昇とは関連性がないことが分かります。
てんかんの持病があれば、発作そのものによる死亡もあれば、事故を起こす可能性も高くなると思います。てんかんの持病が無い人と比較すれば、それは死亡率は上がることでしょう。
結論-Conclusions
研究の限界点として、熱性けいれんの情報源が病院の病名登録のデータであり、データの完全性が72%(95%CI、66%- 76%)であったため、熱性けいれんの症例の全てが把握できていないことによって、結果が保守的になったのではないかと書かれていました。
これだけ規模が大きい研究ですと、致し方ない部分でもあるなという所です。
あと、個人的には熱性けいれんのタイプによっても、後々のてんかんや精神障害のリスクは異なってくるはずなので、タイプ別に解析ができていれば、さらに良かったとは思いました。
ただ、ここは病名登録データベースでは判別不可能な部分があるだろうなと思います。
筆者らは、
・再発性熱性けいれんの病歴は、てんかんおよび精神障害の高いリスクになるように思われる。
・後にてんかんを発症する児でのみ死亡率を増加させる可能性がある。
と結論付けていました。
なにが分かったか
結論を再掲します。
ココがポイント
デンマーク人の小児200万人の30年間のコホート研究から、
熱性けいれんを繰り返すと、その回数の増加と共に後のてんかん・精神障害のリスクが上昇するかもしれない。
熱性けいれんを繰り返し、後にてんかん診断された場合は、そうでない場合と比べて死亡率が上がる可能性がある。
ということが分かった。
また、冒頭でも書いたようにデンマーク人は日本人と比べて熱性けいれんが少ない集団のようですから、この結果をそのまま我々日本人に当てはめてはいけませんよね。
でも、これだけのビックデータなので研究結果の重みはあるよなぁ、という印象です。
今回は以上となります、何かの役に立てば幸いです。