こんにちは、Dr.アシュアです。
今回も尿路感染症についての論文をお届けしたいと思います。
前回お子さんの尿路感染症に関して、腎瘢痕を起こすリスクファクターはなにか?というテーマでブログを投稿しました。
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尿路感染症の後に腎臓に傷が残る場合があります!そのリスクファクターとは?
こんにちは、Dr.アシュアです。 最近、Twitterでこんなつぶやきをしました。 【尿路感染症はなぜ怖いか】 熱が出るタイプは怖い。 ・腎臓から全身の血液へ細菌が広がる=菌血症の可能性がある ・腎瘢 ...
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今回は、尿路感染症にかかった後に行われることがある「抗菌薬の予防投薬」についての論文です。
まずは主役に登場して頂きましょう。
Pediatrics. 2017 May;139(5). PMID: 28557737
Antibiotic Prophylaxis for Urinary Tract Infection-Related Renal Scarring: A Systematic Review.
Hewitt IK, et al.
今回ご紹介する論文のテーマは、「尿路感染症後に行われる抗菌薬予防投与が、腎瘢痕に対して良い影響を与えるか」です。
抗菌薬の予防投薬については議論があるところです。不用意に長期に抗菌薬を使用すると抗菌薬が効きにくい耐性菌が増加することが知られており、イギリスのある研究チームは、「このまま耐性菌が増え続ければ、2050年までに毎年1000万人以上の人が耐性菌によって死亡する」と報告しています。日本でも厚生労働省が「薬剤耐性対策アクションプラン」と打ち出して国を挙げて対策を始めています。
尿路感染症後に抗生剤予防投薬を行うことで得られるメリットと、抗生剤内服を続ける事のデメリット(例えば耐性菌が増えるリスクは上がると予想されます)を、天秤にかけ本当に利益があるのか?の明確な評価が重要と言えます。
そういった点からも今回の論文は興味深いです。
それでは、見ていきましょう。
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目次
背景-Back ground
急性腎盂腎炎(尿路感染症で熱がでるタイプ=上部尿路感染症とほぼ同じ意味です)は腎瘢痕を生じることがある。
最近の前向き研究では、抗菌薬予防内服を行うと、少し上部尿路感染症の予防になることが示されている。
一方で抗菌薬予防投薬を行うことで腎瘢痕のリスクが減らせるかについては明確な結論が出ていない。
現在公開されている抗菌薬予防投与に関する論文の多くは、尿路感染症の回数が減るかどうかに焦点を当てています。主要評価項目を”尿路感染症の再発回数”といった形で設定するという事です。
でも尿路感染症を起こした患者さんにとって、一番大事なことはなんでしょうか?そう、腎瘢痕を残さないことです。
腎瘢痕が残ってしまうと将来高血圧になったり、腎臓の機能が落ちてきてしまったり、妊娠中に高血圧になったりとその後の人生に影響が出る可能性が高くなります。
そんな背景から、論文の著者らは、抗菌薬の予防投与が腎瘢痕に対してどんな影響を与えるのかを検証すべく、今回のメタアナリシスを行うに至りました。
目的-Objective
今回の研究の目的なシンプルです。
この論文の目的
尿路感染症による腎瘢痕に対して、抗菌薬予防投与の効果はあるか?
補足は必要ないですね。シンプルで分かりやすい目的です。
またサブグループ解析として、対象となった小児の中で、膀胱尿管逆流(VUR)がある小児だけ集めた解析を行いました。
膀胱尿管逆流というのは、先天的な尿路の奇形の一つで、尿路感染症のリスクファクターの一つです。
リスクファクターを持つ子ども達に、腎瘢痕という観点で、抗菌薬予防投与が効果があるかを評価したい、というのがサブグループ解析の目的ですね。
データソース-Database
MEDLINE(1946年~2016年8月まで)とEMBASE(1980年~2016年8月まで)、Cochrane CENTRAL Register of Controlled Trials を検索した。さらに該当した論文の参考文献まで検索を広げて情報を補完した。検索は言語に限定を作らず行った。
有名なデータベースMEDLINE、EMBASEとともに、Cochraneも検索しており、言語も除外するものを作らず検索しています。著者らの「平等に、包括的に検索しようとしている姿勢」が伝わってきて、好印象を持ちました。
研究の選択-Study selection
以下のような条件の研究を引っ張ってきたようです。
包含基準
・症候性または発熱を伴う尿路感染症(よく出てくるフレーズなので以下尿路感染症で省略)に対する抗菌薬予防投与のランダム化比較試験
・対象者が18歳未満の小児であること
・研究の開始時と後期のフォローアップ時に99mTcのDMSAスキャン(腎瘢痕を調べる検査)を実施されている
研究の選択は、タイトルと要約に基づいて2人の独立した研究者で実施されていました。
前述のデータソースから1398件の研究が特定され、重複をのぞいたりタイトルと要約を調べて、189件までまず絞られました。その後全文をレビューして実際に今回のメタアナリシスの基準に合致するかを検討され、最終的に7件の研究まで絞り込みを行いました。
今回のメタアナリシスは、この7件のランダム化比較試験をまとめたものになります。
データの抽出と合成-Data extraction and Syntyesis
文献検索、研究特性の評価、包含基準と除外基準の適応、バイアスのリスク評価について2人の著者が別々に評価した。
7件の研究の特性を見てみて思うこと
使われていた予防内服の抗生剤はなにか
7件中6件で、TMP/SMZという抗生剤が使用されていました。これは、ST合剤とカテコライズされるタイプの抗生剤です。日本でもバクタ®として使用されており、当院の腎臓専門医も僕も処方している薬剤です。
今回の論文の結果を自分の患者さんに当てはめてよいかどうかの判断材料の一つとして大事なところです。
DMSAスキャンのフォローアップのタイミングはいつか
7件の研究全てが発症から1-2年の間でDMSAスキャンで腎瘢痕のリスクを評価されていました。これなら腎瘢痕を逃さず補足できそうです。
バイアスのリスク評価は?
Cochrane Collaboraticeチェックリストに従って2人の研究者で別々に評価されていました。
6つのメインのバイアスとその他のバイアスについて評価され、半分強くらいの研究で患者さんの割り当て方法の盲検化、腎瘢痕の評価の盲検化の点で、選択バイアスのリスクが高いと評価されていました。
論文中の図を引用しておきます。緑色はバイアスのリスクが低い、赤色はバイアスのリスクが高いという判断です。
論文より引用
結果-Results
7つのランダム化比較試験から、1427人の子供の尿路感染症の患者さんが研究に含まれました。膀胱尿管逆流をもっていた患者でサブグループ解析を行ったのは1076人でした。結果を供覧します。
メインテーマ
尿路感染症による腎瘢痕に対して、抗菌薬予防投与の効果はあるか?
抗菌薬で予防をしていた群、予防をしていなかった群で腎瘢痕の発生率に差はなかった。
(RR 0.83; 95%信頼区間 0.55-1.26)
サブテーマ
膀胱尿管逆流を持つ子ども達に、腎瘢痕に対して抗菌薬予防投与の効果はあるか?
抗菌薬で予防をしていた群、予防をしていなかった群で腎瘢痕の発生率に差はなかった。
(RR 0.82; 95%信頼区間 0.51-1.31)
今回、腎瘢痕に対して、抗菌薬予防内服は”明らかな効果はない”という結果でした。
また7つの研究に対してファンネルプロットという図を書いて、出版バイアスについての評価を行っています。今回の論文では出版バイアスの証拠はなかったと著者らは書いていますが、そもそもファンネルプロットは10件以上の論文をプロットして出版バイアスの有無を評価するようなものなので”出版バイアスの証拠がない”とは言いすぎかなぁ、と感じました。
出版バイアスとは、簡単に言えば、良い結果のものは出版されやすく、悪い結果のものは出版されにくいため、集めた論文の結果をまとめるメタアナリシスでは出版バイアスが強いと、論文の結果がゆがんでしまうことを言います。
出版バイアス=報告バイアスについては、以前の投稿でも触れたことがあります。気になる方はこちらをどうぞ。
結論-Conclusions
論文の結論を示します。
尿路感染症後に抗菌薬の予防投与を行っても、腎瘢痕のリスクを下げることはなかった。
研究の限界点としては、7つの研究において腎瘢痕が2nd Outcomeであったこと、盲検・プラセボが欠如していた(ランダム化比較試験として質が△ということ)、研究の集団において年齢範囲が研究によってかなり異なりものによっては女子の割合が多過ぎるというものでした。
それで結局何がわかったか
今回ご紹介したメタアナリシスでは、『お子さんが正常腎臓か、膀胱尿管逆流を持っているかに関わらず、抗菌薬予防投与は腎瘢痕のリスクに無関係』でした。
では尿路感染症の後に予防内服を行うことは意味がないのでしょうか。
2014年に発表されたRIVUR trialの論文は小児腎臓の領域ではビッグスタディで、もちろん今回のメタアナリシスにも含まれていますが、
膀胱尿管逆流を持つ小児に対して、抗菌薬予防投与は、尿路感染症の再発リスクを50%(ハザード比0.50,95%CI 0.34〜0.74)低下させた。
N Engl J Med. 2014 Jun 19;370(25):2367-76.
と報告されています。
抗菌薬予防投与は、膀胱尿管逆流を持つ小児に対しては尿路感染症の再発を防ぐ効果はある、と考えられているわけですね。
尿路感染症の再発を防げれば、腎瘢痕のリスクが減るのでは?と考えるのはとても自然なことだと思いますが、このRIVUR trialでも
腎臓の瘢痕化の発生率は、予防群とプラセボ群で有意差はなかった(それぞれ11.9%と10.2%)
N Engl J Med. 2014 Jun 19;370(25):2367-76.
と報告されています。
RIVUR trialもふくめた今回のメタアナリシスで、抗菌薬予防投与が腎瘢痕予防には意味がなさそう、というのはおそらく真実であるだろうと感じました。
ちなみに、海外の尿路感染症の各種ガイドラインで「2〜24ヵ月齢の小児において初めての発熱性尿路感染症の管理」についてみてみますと、抗菌薬予防投与の推奨はありませんでした。
National Institute for Health and Care Excellence (2007)
American Academy of Pediatrics (2011)
Italian Society of Pediatric Nephrology (2012)
Kidney Health Australia – Caring for Australasians with Renal Impairment (2014) Canadian Paediatric Society (2014)
最後にまとめをして終了としようと思います。
何が分かったか?
抗菌薬予防投与はお子さんが正常腎臓か、膀胱尿管逆流を持っているかに関わらず、腎瘢痕のリスクに無関係である。ただし、膀胱尿管逆流を持っている場合は、尿路感染症の再発率を下げることが出来る。
以上となります。何かのお役に立てれば幸いです。